推しが隣に引っ越してきまして 〜月の裏がわ〜


私は、最後に渡そうと思ってた手紙を鞄から取り出す。佑月くんを前にしたらきっと、上手く伝えられないだろうと思ったから、手紙を書いた。佑月くんに伝えたいことは沢山あって、書いても書いても書ききれなくて、気づいたら10枚を超えた。


佑月くんが、ハンドルをぎゅって握ってその上に顎を乗せる。
「この前、凛ちゃんが俺に、この3か月楽しかった?って聞いてくれたでしょう。」

「俺ね、」
佑月くんは前を向いたまんま。
位置が少し高くなって小さくなった白くて真ん丸な月を見上げながら言う。
「すんごく楽しかったよ。」
佑月くんがハンドルから手を離し、シートにもたれる。


「ずっとここに居たいと思ってしまった。」


私は、手紙をぎゅ……と握りしめる。その上にボタ、って涙が落ちた。


「もう、本当に会えないんですか?」
そんなこと言ってはだめだって、分かってる。こんなこと言っても佑月くんを困らせるだけだって。


私は、いつからか、アイドルとしての佑月くんじゃなくて、佑月くんのことが好きになっていた。


佑月くんは、何も言わない。
佑月くんは、こんなにも近くにいるのに、その心はどこまでも遠い。


「私、佑月くんのことが——」


その瞬間、佑月くんが後ろを振り向いて、私にキスをした。




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