愛する祖国の皆様、私のことは忘れてくださって結構です~捨てられた公爵令嬢の手記から始まる、残された者たちの末路~
浅慮を突きつけられて

13.イチゴの園

 会談が終わってベルモンドはどっと疲れていた。

 露骨な脅しではあるが、逆の立場ならベルモンドも同じことを言うだろう。
 クロエとの婚約破棄、その後ろ盾になってくれたレイデフォンには大きな借りがある。

(もし期待を裏切れば、俺はどうなる?)

 あの外交官の態度は虚勢ではない。切り捨てる時は切り捨てる目だった。

「……クロエがいてくれたら」

 ベルモンドは再び嘆息する。これまでもクロエは外交にも活躍してくれた。
 彼女は今、どうしているのだろうか。

 婚約破棄から何度か数度、療養先に手紙を送ったことはある。
 それはベルモンドの名前ではなく政府機関からの――おざなりの連絡のみだった。

 もちろん返信は一度もなかった。
 半年前の父の葬式にもクロエは姿を見せず、お悔やみの手紙もなかったのである。

「今、クロエと話せたら」

 このままでいいのか、クロエに相談をしたかった。
 虫のいい話だとは思うが、エスカリーナは危機的状況に陥っている。

 悔しいが三年前より遥かにマズいと認めざるを得ない。
 この状況を打破する一助にクロエの手記はなるだろう。

 だが、当人がいてくれたら――もっと確実だ。

「顔を合わせたくない、というなら手紙だけでも……だがクロエとすぐ連絡が取れる人間か」

 クロエに近しい貴族は軒並み王都から姿を消した。
 それに今さら仲介役を頼んでもすんなりとはいくまい。

 そこでぱっと一人の女性の顔がベルモンドの頭に思い浮かぶ。
 シズだ。彼女はクロエの信奉者で、しかも王宮勤め。

 そこまで考えるがベルモンドはひとり首を振った。

「……シズに頼むのは危険だな」

 彼女はバネッサ付きの財政官にしてしまっている。
 バネッサに悟られれば余計面倒なことになるだろう。

 あとは――ベルモンドは天井を仰いだ。
 もうひとり、クロエに親しく協力が仰げそうな人間がひとりいる。

「シャンテなら知っているか?」

 ベルモンドには血の繋がった妹がひとりいる。名をシャンテ、十六歳。
 だが、彼女はクロエに比べてもさらに病弱であった。

 それゆえ早々に王位継承者とは見なされなくなっていた。
 政治の表舞台からも完全に手を引いており、王宮外縁の離宮から外に出ることさえ珍しい。

 だが、シャンテはクロエとは非常に親しかった。
 当のベルモンドとシャンテの関係は愛情あふれるものとは言えなかったが。

 というのもシャンテは実の兄であるベルモンドよりもクロエを尊敬していた。
 思春期の頃からそれが面白くなく、シャンテと顔を合わせる機会さえ減らしていたのだ。

 婚約破棄からはさらに疎遠になって、年に数回しか顔を合わせない。
 それも王家の儀式だけで、世間話さえもう何年もしていなかった。

「だが、あいつなら……クロエに繋がる線は持っているかもな」

 シャンテなら自身の離宮にひきこもっており、すぐに行ける。
 善は急げとベルモンドは側近を走らせ、ベルモンド自身もシャンテの離宮へと向かった。

 もしかすると面会が断られるかと思ったが、それはなかった。
 シャンテの離宮にはクロエの愛していたイチゴ園が置かれている。

 今、まさにイチゴの小さくて白い花が咲いていた。
 勉学や読書を除き、クロエが格別の興味を示したのがイチゴであった。

 そのためシャンテもイチゴが大好きで、離宮にもイチゴを模したものがたくさんある。
 イチゴの絵画、赤いイチゴのガラス細工、イチゴを持った貴婦人の像……。

 ここだけはクロエのいた頃と何も変わらない。
 バネッサは王宮のほとんどを塗り替えたが、この離宮だけは手出しできなかった。

(昔のままだな。本当に……。胸がざわめく)

 ベルモンドが案内されたのはイチゴ園のすぐそばにある屋外テラスであった。
 そこにシャンテが座って待っていた。

 くりっとした青い瞳に、ふわっと柔らかい金髪。
 背も肩幅も小さく丸く、十六歳よりも幼く見える。

「お兄様、ご機嫌麗しゅう。お久し振りですわ」
「……ああ」

 ベルモンドの声色が優れなかったのは、シャンテの出で立ちのせいであった。
 シャンテの髪型と服装はクロエによく似ていた。

 顔や背丈は似ても似つかないので、間違うことはないだろうが。
 それでもぱっと見の雰囲気はよく似ていた――いや、シャンテが似せていたのだ。
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