愛する祖国の皆様、私のことは忘れてくださって結構です~捨てられた公爵令嬢の手記から始まる、残された者たちの末路~
14.シャンテ
「前回会ったのは三か月前の式典だったな」
「ええ、お父様の。もう季節が巡ってきましたのね」
半年前にふたりの父であるトルカーナ四世が亡くなり、没後百日の式典。
あの時はまだ冬で、それきりふたりは顔を合わせていなかった。
若干の気まずさを覚えながらベルモンドは話を切り出す。
「早速だが、本題に入りたい。シャンテはクロエと相当親しかったな」
「クロエ姉様……なぜ今になって、姉様のことを?」
あいつはお前の姉ではない、という言葉をベルモンドはなんとか飲み込む。
「もう三年になるか。ちょっと懐かしくなってな。彼女のことが心配になって」
「心配……?」
「あんな別れになってしまったが、当然だろう?」
「……お兄様、私にごまかしは通じません」
「なんだと……?」
「本当に心配なら私に聞くまでもなく、人を遣わせばいいではありませんか。お兄様はエスカリーナの国王なのですよ」
その通りなのでベルモンドは押し黙るしかない。
だが、人を送ればバネッサに勘付かれる危険があった。
「悪いがそれはあまりしたくない。バネッサに知られたくない……」
「あら、随分と考えを変えたのですわね」
「そうだ、そうせざるを得ない状況なんだ。お前だってわかっているだろう?」
シャンテがいくら離宮から動かなくても諸々の状況は理解しているはず。
元々聡明で、抜かりのない妹なのだから。
「非常に宜しくない状況ですわね。王家の威信は地に落ち、各貴族がいがみ合ってしまっていますわ」
「このままでは王国はバラバラになってしまう」
「それは認識が違いますわ、お兄様。もう取り返しのつかないほど、バラバラですわよ」
冷え切った目をしたシャンテにベルモンドはのけぞった。
「シャンテ、それは……言いすぎだ。まだ……」
「まだ? お兄様の前では誰もが取り繕います。お兄様が思うよりも、ずっと状況は深刻ですわ。国庫の余裕もなく、もし内戦が起きたら――」
今のエスカリーナ王国でそんなことになれば、国自体が滅亡しかねない。
シャンテの考えは予想に過ぎないがまるっきりの空想でもなかった。
「あの人のせいで何もかもおかしくなっていますわ」
「バネッサも努力はしている……」
「国庫を使って遊んでいるだけではありませんか。お兄様を支えられもせずに」
少し前ならば気色ばんで反論しただろう鋭い言葉に、ベルモンドは答えられなかった。
シャンテはバネッサのことを最初から一貫して批判している。
(……父上が折れてからもバネッサを拒絶したのはシャンテだけだったな)
ベルモンドは改めて離宮を見渡す。
クロエが愛したイチゴの園、淡く白い花が咲き誇っている。
「クロエ姉様をまた追い詰めるのですか、お兄様」
「悪かったと今は思っている」
あまりにも率直な言葉にベルモンド自身も驚いた。
一旦口が開けば、そこから先は悔恨の言葉が出るばかりであった。
「バネッサの誘惑に負けた俺が悪い。俺は……クロエに愛されていない、このままでいいのかと考えてしまったんだ」
「お兄様がクロエ姉様を愛していないのに、それは無理な話です」
「そうかもな。病弱で儚げなクロエよりもバネッサのほうが魅力的に見えてしまった」
その決断の代償が今の状況であった。
そしてシャンテの前だからこそ、はっきりとベルモンドも想いを口にできる。
「クロエに会ったら謝罪したい。向こうが受けてくれるのなら……」
ベルモンドは妹からの疑いの目線を感じた。
彼女の青い瞳は兄を信用しておらず、向こう側を見ているようだった。
「わかりました。クロエ姉様の近況、私は確かに少し知っています」
「ほ、本当か!?」
シャンテが懐から一枚の小さな紙を取り出して、テーブルの上に置いた。
「お兄様が離宮に来られると聞いて、クロエ姉様のことだと確信していました。今、クロエ姉様はここにおられると思います」
「ありがとう、シャンテ!」
紙を取ろうとしてベルモンドが手を伸ばす。
そこでシャンテはすっと紙を取り上げた。
「なにを……?」
「お兄様、レイデフォン王国との同盟は本当なのですか? お父様も私も、レイデフォンとの関係強化には反対だと申したはずです」
「……事実だ。言いたいことはわかるが、中立政策にも限界がある」
「一番最初に中立政策を破ったのはお兄様ではありませんか! あの女は、バネッサはレイデフォンに近すぎると警告したでしょうに」
「わかっている。だが、もう後戻りはできない」
「あの女の正体も知っているのですか?」
ごくりと唾を飲み込む。
クロエの手記にも所々、それを示唆する言葉はあった。
しかしベルモンドは考えないようにしてきたのだ。
「今、バネッサの是非を問うても仕方がないだろう! さぁ、シャンテ……紙を渡してくれ!」
シャンテがゆっくりと腕を下ろし、紙をベルモンドへと差し出す。
紙をひったくったベルモンドはそこに書かれている内容を見た。
ベルモンドは鈍器で殴られたかのような衝撃を受け、ふらりと身体をよろめかせる。
「馬鹿な、そんなことが」
「事実ですわ」
「嘘だ。あり得ない!」
シャンテが唇の端を歪め、ベルモンドを笑った。
「今、クロエ姉様はリンゼット帝国におりますのよ」
「ええ、お父様の。もう季節が巡ってきましたのね」
半年前にふたりの父であるトルカーナ四世が亡くなり、没後百日の式典。
あの時はまだ冬で、それきりふたりは顔を合わせていなかった。
若干の気まずさを覚えながらベルモンドは話を切り出す。
「早速だが、本題に入りたい。シャンテはクロエと相当親しかったな」
「クロエ姉様……なぜ今になって、姉様のことを?」
あいつはお前の姉ではない、という言葉をベルモンドはなんとか飲み込む。
「もう三年になるか。ちょっと懐かしくなってな。彼女のことが心配になって」
「心配……?」
「あんな別れになってしまったが、当然だろう?」
「……お兄様、私にごまかしは通じません」
「なんだと……?」
「本当に心配なら私に聞くまでもなく、人を遣わせばいいではありませんか。お兄様はエスカリーナの国王なのですよ」
その通りなのでベルモンドは押し黙るしかない。
だが、人を送ればバネッサに勘付かれる危険があった。
「悪いがそれはあまりしたくない。バネッサに知られたくない……」
「あら、随分と考えを変えたのですわね」
「そうだ、そうせざるを得ない状況なんだ。お前だってわかっているだろう?」
シャンテがいくら離宮から動かなくても諸々の状況は理解しているはず。
元々聡明で、抜かりのない妹なのだから。
「非常に宜しくない状況ですわね。王家の威信は地に落ち、各貴族がいがみ合ってしまっていますわ」
「このままでは王国はバラバラになってしまう」
「それは認識が違いますわ、お兄様。もう取り返しのつかないほど、バラバラですわよ」
冷え切った目をしたシャンテにベルモンドはのけぞった。
「シャンテ、それは……言いすぎだ。まだ……」
「まだ? お兄様の前では誰もが取り繕います。お兄様が思うよりも、ずっと状況は深刻ですわ。国庫の余裕もなく、もし内戦が起きたら――」
今のエスカリーナ王国でそんなことになれば、国自体が滅亡しかねない。
シャンテの考えは予想に過ぎないがまるっきりの空想でもなかった。
「あの人のせいで何もかもおかしくなっていますわ」
「バネッサも努力はしている……」
「国庫を使って遊んでいるだけではありませんか。お兄様を支えられもせずに」
少し前ならば気色ばんで反論しただろう鋭い言葉に、ベルモンドは答えられなかった。
シャンテはバネッサのことを最初から一貫して批判している。
(……父上が折れてからもバネッサを拒絶したのはシャンテだけだったな)
ベルモンドは改めて離宮を見渡す。
クロエが愛したイチゴの園、淡く白い花が咲き誇っている。
「クロエ姉様をまた追い詰めるのですか、お兄様」
「悪かったと今は思っている」
あまりにも率直な言葉にベルモンド自身も驚いた。
一旦口が開けば、そこから先は悔恨の言葉が出るばかりであった。
「バネッサの誘惑に負けた俺が悪い。俺は……クロエに愛されていない、このままでいいのかと考えてしまったんだ」
「お兄様がクロエ姉様を愛していないのに、それは無理な話です」
「そうかもな。病弱で儚げなクロエよりもバネッサのほうが魅力的に見えてしまった」
その決断の代償が今の状況であった。
そしてシャンテの前だからこそ、はっきりとベルモンドも想いを口にできる。
「クロエに会ったら謝罪したい。向こうが受けてくれるのなら……」
ベルモンドは妹からの疑いの目線を感じた。
彼女の青い瞳は兄を信用しておらず、向こう側を見ているようだった。
「わかりました。クロエ姉様の近況、私は確かに少し知っています」
「ほ、本当か!?」
シャンテが懐から一枚の小さな紙を取り出して、テーブルの上に置いた。
「お兄様が離宮に来られると聞いて、クロエ姉様のことだと確信していました。今、クロエ姉様はここにおられると思います」
「ありがとう、シャンテ!」
紙を取ろうとしてベルモンドが手を伸ばす。
そこでシャンテはすっと紙を取り上げた。
「なにを……?」
「お兄様、レイデフォン王国との同盟は本当なのですか? お父様も私も、レイデフォンとの関係強化には反対だと申したはずです」
「……事実だ。言いたいことはわかるが、中立政策にも限界がある」
「一番最初に中立政策を破ったのはお兄様ではありませんか! あの女は、バネッサはレイデフォンに近すぎると警告したでしょうに」
「わかっている。だが、もう後戻りはできない」
「あの女の正体も知っているのですか?」
ごくりと唾を飲み込む。
クロエの手記にも所々、それを示唆する言葉はあった。
しかしベルモンドは考えないようにしてきたのだ。
「今、バネッサの是非を問うても仕方がないだろう! さぁ、シャンテ……紙を渡してくれ!」
シャンテがゆっくりと腕を下ろし、紙をベルモンドへと差し出す。
紙をひったくったベルモンドはそこに書かれている内容を見た。
ベルモンドは鈍器で殴られたかのような衝撃を受け、ふらりと身体をよろめかせる。
「馬鹿な、そんなことが」
「事実ですわ」
「嘘だ。あり得ない!」
シャンテが唇の端を歪め、ベルモンドを笑った。
「今、クロエ姉様はリンゼット帝国におりますのよ」