完璧な社長は、私にだけ素顔を見せて溺愛する
「お疲れ様でした」
「……っ!」
振り返った瞬間、私の血の気が引いた。桐原圭佑が、いつもの完璧なスーツ姿でそこに立っていた。
でも、彼の表情はいつもと明らかに違う。仕事の時の冷静で鋭い眼差しではなく、どこか困惑したような、人間らしい戸惑いが浮かんでいる。
ネクタイも普段より少し緩めで、第一ボタンも軽く開けている。
こんなにリラックスした彼を見るのは、初めてだった。
「あ、桐原社長……お疲れ様です」
思わず仕事モードで呼んでしまい、慌てて口を手で押さえる。
「こちらこそ、お疲れ様でした、新谷さん」
彼も私を本名で呼んだ。お互いの素性がばれてしまった気まずさが、廊下の空気を重くする。
エレベーターの到着音が、妙に大きく響いた。ドアが静かに開き、二人で乗り込む。
私は1階のボタンを、彼はロビー階のボタンを押した。密閉された狭い空間に、重い沈黙が漂う。
でも、その沈黙の中で、私は彼の存在を強く意識してしまう。
いつものオフィスでは気づかなかった、微かに香るウッディな香水の香り。肩幅の広さ、指先の美しさ。
こんなに近くで彼を意識したことなんて、今まで一度もなかった。