隠れ溺愛婚~投資ファンドの冷徹CEOは初恋の妻を守りつくす~
「でもね、ある日、通っていた工場の社長に言われたらしいんです。『君は一人の職人になるのではなく、多くの職人を救える立場になれ』って。『この業界はいずれ衰退していく。その時、皆の力になって守ってやってくれないか』ってね」

 岩竹の言葉に、茉結莉ははっと目を見開く。

「それって……もしかして」

 次第に声を震わせる茉結莉を見て、岩竹はにっこりとほほ笑んだ。

「あなたのおじいさんの言葉ですよ」

 茉結莉は「あぁ」と声を漏らすと、天を仰ぐように目を閉じる。

(やっぱりそうだ……)

 茉結莉の頬を次から次に涙が零れた。

 三砂は“町工場の敵”などではなかった。
 きらきらと瞳を輝かせて職人を目指していたあの頃から、何一つ変わってはいない。
 職人たちを守るために、自分にできる最大限の努力を積み重ねてきた人だったのだ。

「世間にはね、三砂さんのことを悪く言う人もいます。でもね、私は違うと断言できますよ。ほら、この工場を見ればわかるでしょう?」

 岩竹が指さす方を見ると、職人たちが生き生きと働く姿が見える。
 その姿に、ホシ音響の職人や大輔、父の顔が重なった。

 茉結莉は大きくうなずくと、真っすぐに顔を上げる。もう茉結莉の中に迷いはない。

(私も工場に帰ろう)

 茉結莉は勢いよく立ち上がると、岩竹に何度もお礼を言ってその場を後にしたのだ。
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