シュガーレス・マリアージュ 〜君の嘘と、甘い毒〜
第12章:葵からの最後通牒
怜央の強引なキスは、咲の心を激しく揺さぶった。彼の愛の深さに涙を流しながらも、彼女は婚約を続けるという偽りの覚悟を、まだ完全に捨てきれていなかった。デパートの危機を乗り越えるまでは、と。
しかし、二人の秘密の抱擁は、高千穂 葵の張り巡らせた監視の目を逃れてはいなかった。葵は、咲が婚約したにもかかわらず、怜央と水面下で接触を続けていることを確認し、決定的な行動に出ることを決意した。
その翌日の午後。咲がデパートの企画室で一人、デスクに向かっていると、葵が予告もなく現れた。その顔には、いつもの完璧な笑みはなく、冷徹な怒りが滲んでいた。
「東條さん。少し、お時間をいただけますか。婚約者である隼人様のためにも、あなたにお見せしたいものがあるの」
咲が連れて行かれたのは、デパート最上階の、現在は使用されていない小さな応接室だった。葵は、ソファに座る咲のテーブルの上に、数枚の印画紙を滑らせた。
咲が恐る恐る目を落とすと、そこには、葵と怜央の親密すぎるツーショットが写っていた。
一枚は、海外の海岸沿いのリゾート地。怜央が、Tシャツ姿の葵の腰に手を回し、二人が顔を寄せ合って笑っている。
もう一枚は、夜景の見える高級レストラン。怜央が葵の頬にキスをしている瞬間を捉えたもの。
どの写真も、数年前に撮影されたと思しきものだったが、二人の間には、咲が一度も怜央に見せてもらったことのない、甘く、親密な空気が流れていた。
咲の手から、インクの匂いがする印画紙が滑り落ちる。その瞬間、咲の心臓は激しく締め付けられ、呼吸が浅くなる。写真の怜央は、冷たい仮面を被る以前の、無防備で優しい笑顔を葵に向けていた。
「驚きましたか?」葵は、冷たく、勝利を確信したような笑みを浮かべた。「これらは、私たちがビジネスパートナーとして提携する以前から、恋人同士だった頃の写真よ」
咲は、唇を噛みしめ、喉の奥から声を出した。
「なぜ…なぜ、今、これを私に…」
「なぜって? 怜央様は、あなたを守るためだと嘯(うそぶ)いて、あなたを遠ざけている。でもね、本当は違うのよ。彼が本当に愛しているのは、私。あなたに見せている冷酷な仮面は、私を嫉妬させ、彼への執着を強めるための演技なの」
葵の言葉は、巧みだった。怜央が第7章で見せた冷酷さ、そして葵との親密な関係の噂。すべてが、この「事実」と結びついてしまう。
「あなたとの幼馴染の関係なんて、彼にとって、過去の感傷に過ぎないのよ。彼は、あなたを危険から守りたいんじゃない。ただ、私への当てつけで、あなたを利用しているだけ」
そして、葵は顔を近づけ、低い声で最後通牒を突きつけた。
「もう、茶番はやめて。あなたは東條デパートの未来のために、高千穂隼人と結婚しなさい。そして、怜央様を私に返しなさい」
「…嫌よ」咲は、震えながらも、強く答えた。「彼がどう思っていようと、もう私は、彼なしではいられない。私の気持ちは、誰にも奪えない」
葵は、咲の強さに一瞬ひるんだが、すぐに冷笑を浮かべた。
「そう。じゃあ、あなたには、もっと辛い現実を見せてあげるわ。この写真、明日には高千穂家、そして東條デパートの重役たちにも届くでしょう。あなたの婚約、そして怜央様のビジネスに、致命的な影響を与えるでしょうね」
葵は立ち上がり、静かに部屋を出ていった。
咲は、一人きりになった応接室で、テーブルに突っ伏した。
もし葵の言うことが真実なら、怜央の抱擁も、強引なキスも、すべてが偽りだったことになる。
しかし、同時に、咲は悟った。怜央が誰を愛していようと、もう自分は彼を失うことができない、と。写真の衝撃よりも、彼の不在を恐れる確かな想いが、咲の胸に激しく燃え上がっていた。
「もう、逃げない…」
咲は、自らの愛と、これまでのすべてのすれ違いと誤解に、ついに立ち向かう覚悟を決めた。葵の罠が、皮肉にも咲の真実の愛を自覚させたのだった。
しかし、二人の秘密の抱擁は、高千穂 葵の張り巡らせた監視の目を逃れてはいなかった。葵は、咲が婚約したにもかかわらず、怜央と水面下で接触を続けていることを確認し、決定的な行動に出ることを決意した。
その翌日の午後。咲がデパートの企画室で一人、デスクに向かっていると、葵が予告もなく現れた。その顔には、いつもの完璧な笑みはなく、冷徹な怒りが滲んでいた。
「東條さん。少し、お時間をいただけますか。婚約者である隼人様のためにも、あなたにお見せしたいものがあるの」
咲が連れて行かれたのは、デパート最上階の、現在は使用されていない小さな応接室だった。葵は、ソファに座る咲のテーブルの上に、数枚の印画紙を滑らせた。
咲が恐る恐る目を落とすと、そこには、葵と怜央の親密すぎるツーショットが写っていた。
一枚は、海外の海岸沿いのリゾート地。怜央が、Tシャツ姿の葵の腰に手を回し、二人が顔を寄せ合って笑っている。
もう一枚は、夜景の見える高級レストラン。怜央が葵の頬にキスをしている瞬間を捉えたもの。
どの写真も、数年前に撮影されたと思しきものだったが、二人の間には、咲が一度も怜央に見せてもらったことのない、甘く、親密な空気が流れていた。
咲の手から、インクの匂いがする印画紙が滑り落ちる。その瞬間、咲の心臓は激しく締め付けられ、呼吸が浅くなる。写真の怜央は、冷たい仮面を被る以前の、無防備で優しい笑顔を葵に向けていた。
「驚きましたか?」葵は、冷たく、勝利を確信したような笑みを浮かべた。「これらは、私たちがビジネスパートナーとして提携する以前から、恋人同士だった頃の写真よ」
咲は、唇を噛みしめ、喉の奥から声を出した。
「なぜ…なぜ、今、これを私に…」
「なぜって? 怜央様は、あなたを守るためだと嘯(うそぶ)いて、あなたを遠ざけている。でもね、本当は違うのよ。彼が本当に愛しているのは、私。あなたに見せている冷酷な仮面は、私を嫉妬させ、彼への執着を強めるための演技なの」
葵の言葉は、巧みだった。怜央が第7章で見せた冷酷さ、そして葵との親密な関係の噂。すべてが、この「事実」と結びついてしまう。
「あなたとの幼馴染の関係なんて、彼にとって、過去の感傷に過ぎないのよ。彼は、あなたを危険から守りたいんじゃない。ただ、私への当てつけで、あなたを利用しているだけ」
そして、葵は顔を近づけ、低い声で最後通牒を突きつけた。
「もう、茶番はやめて。あなたは東條デパートの未来のために、高千穂隼人と結婚しなさい。そして、怜央様を私に返しなさい」
「…嫌よ」咲は、震えながらも、強く答えた。「彼がどう思っていようと、もう私は、彼なしではいられない。私の気持ちは、誰にも奪えない」
葵は、咲の強さに一瞬ひるんだが、すぐに冷笑を浮かべた。
「そう。じゃあ、あなたには、もっと辛い現実を見せてあげるわ。この写真、明日には高千穂家、そして東條デパートの重役たちにも届くでしょう。あなたの婚約、そして怜央様のビジネスに、致命的な影響を与えるでしょうね」
葵は立ち上がり、静かに部屋を出ていった。
咲は、一人きりになった応接室で、テーブルに突っ伏した。
もし葵の言うことが真実なら、怜央の抱擁も、強引なキスも、すべてが偽りだったことになる。
しかし、同時に、咲は悟った。怜央が誰を愛していようと、もう自分は彼を失うことができない、と。写真の衝撃よりも、彼の不在を恐れる確かな想いが、咲の胸に激しく燃え上がっていた。
「もう、逃げない…」
咲は、自らの愛と、これまでのすべてのすれ違いと誤解に、ついに立ち向かう覚悟を決めた。葵の罠が、皮肉にも咲の真実の愛を自覚させたのだった。