シュガーレス・マリアージュ 〜君の嘘と、甘い毒〜

最終章：檻を壊して

タイムカプセルと真実の抱擁によって、咲と怜央の心は一つになった。もはや、デパートの存続も、政略結婚も、二人の愛を阻む檻ではない。彼らは、すべてを終わらせるための、最後の戦いに挑むことを決意した。

その朝、高千穂グループとの最終契約のための重役会議が、東條デパートの役員会議室で開かれる予定だった。
咲は、隼人が贈った婚約指輪を外し、決意を秘めた目で、会議室の扉の前に立った。隣には、完璧なスーツ姿の怜央がいる。彼の表情は冷徹だが、その瞳の奥には、咲への深い信頼と情熱が燃えていた。

「もう一度聞く。後悔はないか？」怜央が静かに尋ねる。
「ええ。私を檻から出してくれたのは、あなたよ。もう、逃げない」
咲は頷き、そして二人は重厚な扉を開け放った。

会議室には、隼人、葵、そして東條デパートの専務をはじめとする重役たちが勢揃いしていた。怜央と咲が共に現れたことに、全員が息をのむ。
隼人がまず、不機嫌な顔で口を開いた。

「東條さん。神崎社長を連れてくるのは、婚約者に対する裏切りではないか」
怜央は一歩前に進み出た。
「裏切りだと？裏切りを働いているのは、そちらの高千穂グループだろう」

怜央は、冷たい視線で葵を射抜いた。
「高千穂 葵氏。先日の東條デパートのデータ改ざんは、あなた方の指示によるものだ。その証拠となるログ解析結果を、今ここに提出する」

シンフォニアの技術者が、会議室のモニターに、改ざんされたコードと、葵の指示を受けた人物の通信履歴を映し出す。葵の顔から血の気が引いた。
「そんな、何を証拠に…！」と葵が叫ぶ。

「さらに」怜央は続けた。「東條デパートが抱える巨額の負債は、専務をはじめとする一部の重役が、高千穂グループと結託し、意図的に株価操作と不正会計を繰り返してきた結果だ。東條デパートを潰し、高千穂に安く買い叩かせるための共謀だ」

怜央は、咲が篠原から受け取った財務分析報告書に基づき、すべての不正の証拠を提示した。会議室は一気に騒然となる。専務は顔を真っ青にして、立ち上がることさえできない。

すべての不正が暴かれ、高千穂グループとの提携が崩壊した瞬間、咲は隼人の前に歩み出た。
「高千穂様。この婚約は無効です。東條デパートは、あなたの野心のために利用されることはありません」
そして、咲は重役たちに向き直った。

「デパート再建の責任は私が負います。不正に関わった重役は全て辞任し、私たちはシンフォニア・ホールディングスの全面的な技術支援を受け、新しい体制で再出発します」
誰もが息を飲む中、怜央が咲の隣に立ち、咲の手を強く握りしめた。

「俺が、東條デパートの再建を支援する。そして、東條 咲を、誰も手を出せない最高のデパートの責任者にする」
怜央は、初めて公の場で、冷たい仮面を外し、咲への燃えるような愛を込めた言葉を放った。

「彼女は、俺が誰にも文句を言わせない存在になったら、誰よりも幸せにすると誓った、俺の女だ。今後、彼女を私的な理由で脅かす者は、神崎グループ全体を敵に回すと思え」
その言葉は、愛の告白であると同時に、財界に対する絶対的な宣戦布告だった。

不正は暴かれ、専務と隼人、葵は失脚。東條デパートは、怜央の資金と技術支援、そして咲の情熱によって、新しい再建の道を歩み始めた。
数カ月後、デパートの屋上庭園。あの夜、二人がすれ違った場所。

咲と怜央は、夜景を見下ろしながら、隣り合って立っていた。咲の指には、婚約指輪の代わりに、怜央が贈ったシンプルなプラチナのリングが光っている。

「デパートの再建は、まだ時間がかかるわね」
「構わない。俺の隣で、お前が幸せなら、それでいい」
怜央は咲を後ろから抱きしめる。彼の体温が、咲の心を深く満たした。

「遠回りな私たちね。全部、お互いのプライドと誤解のせい」咲は笑う。
「悪かったな、切ないほどの遠回りをして。でも、おかげでわかった。お前は、俺がいないとダメだ」
「あなたもね」

二人は、誤解とすれ違いという名の檻を完全に壊し、真実の愛を掴んだ。都会の夜景は、二人の新しい未来を照らし出している。
―完―