解けない魔法を このキスで
「ここはいかがですか?」

ペントハウスに案内した高良は、80平米のリビングで美蘭を振り返る。
美蘭は一瞬圧倒されたように部屋を見渡してから、高良に頷いた。

「ここなら充分です」
「ではご自由に使ってください。すぐにドレスを運び入れます」
「あの、ここはどなたが使っていらっしゃるお部屋ですか?」
「私です。ですからどうぞ、気兼ねなく」

え!と美蘭は驚く。

「副社長ともあろう方の、プライベートなお部屋をお借りする訳には……」
「そんな不毛なやり取りをしている時間はありますか?」

ハッと表情を変えた美蘭を見て、高良はすぐさまデスクの上の内線電話に手を伸ばした。

「例のドレスとベール、それからトルソーと裁縫道具一式をペントハウスへ」

手短に言って電話を切ると、美蘭を振り返る。

「トルソーはこの位置で? 作業台はそこのテーブルでなんとかなるだろうか」

美蘭は履いていたハイヒールを脱ぎ、髪をギュッときつく巻き直しながら高良に指示を出す。

「トルソーはこちら向きに置いてください。トレーンとベールを後ろに流します。あの花瓶を置いてあるテーブルを作業台として使わせてください」
「分かった」

やがてスタッフが運んできたトルソーにドレスをセッティングすると、美蘭は早速作業に取りかかる。

「なにか手伝えることはあるか?」
「なにも」

高良とのその会話を最後に、美蘭はまったく周囲の声が耳に入らなくなった。
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