解けない魔法を このキスで
次の日。
お客様のウェディングドレスをデザインしながら、美蘭はふと高良の言葉を思い出す。

「君が着たいと思う、パーティードレスを作ってみてほしい。君の為のドレスだ」

あれはどういう意味なのだろ?
分からないけれど、デザインは次々と頭の中に思い浮かんでいた。

(水色で軽やかな素材がいいな。パーティードレスだからシルエットはシンプルに。でもスカートはサーキュラーでふんわり優雅にしたい)

サーキュラースカートは「円形の」という意味の「サーキュラー(circular)」が語源で、広げると円形になり、そのルーツは古代エジプトにまでさかのぼる。

生地をたっぷり使う為、ドレープが美しくエレガントで、くるっと回るとドレスのようにゴージャスに広がるのが美蘭は好きだった。

初めてサーキュラースカートを作った時、シンデレラの映画を真似て踊ったことを思い出す。

(相手はいなかったけどね。エア王子様で。ふふっ)

懐かしく思い出しながら、時間を見つけては作業を進めていた。

そんな時。
一通の封筒がアトリエに届いた。

(あれ? 新海ホテル&リゾートのロゴだ)

封筒に刻印されたゴールドのロゴを見ながら、封筒を開けてみる。
中には二つ折りのカードが入っていた。

(なにこれ。招待状? え、クリスマスパーティー?)

12月24日のクリスマスイブに、『フルール葉山』のバンケットホールで行われるクリスマスパーティーへの招待状だった。

(え、ちょっと待って)

もう一度封筒を見返すと、『白石美蘭様』『常磐未散様』とある。

「未散ちゃん、招待状だって!」

作業台に向かっている未散に声をかけると、未散は、んー?と振り返った。

「なに、なんの招待状?」
「クリスマスイブのパーティー。ほら」

招待状を差し出すと、未散は顔をしかめる。

「あー、行きたいけど私はパス」
「え、どうして?」
「だってクリスマスイブだよ? 彼とデートに決まってるでしょ」
「あ、そうね」

未散にはつき合って2年になる、7歳年上の彼氏がいる。
スマートで大人の彼は、未散と過ごすイブの為に、既にあれこれ準備をしているに違いなかった。

「美蘭は行ってきなよ。ほら、ちょうど良さそうなパーティードレス作ってるじゃない。珍しいなと思ってたんだ。この為に作ってたんでしょ?」
「いや、そういう訳では……」
「えーっと、出欠のご連絡はQRコードからね。残念ながら常磐は欠席ですが、白石は喜んで出席させていただきます、と」
「え、ちょっと、未散ちゃん? まさかほんとにそう送るの?」
「だってソルシエールを招待してくれたんでしょ? 二人とも欠席だとマズイんじゃない?」

それはそうだけど、と美蘭は躊躇する。

「一人でパーティーなんて、心細いよ」
「そっか。じゃあ、新海さんも行くかどうか聞いてみる」
「は?」

固まる美蘭を尻目に、未散は高良の名刺を見ながらスマートフォンを操作した。

「お忙しいところ恐れ入ります。わたくしソルシエールの常磐ですが」
「え!? 未散ちゃん、いきなり電話かけたの?」
「しっ! うるさいよ、美蘭。あの新海さん、パーティーの招待状をありがとうございました。私はあいにく予定があって欠席させていただきますが、白石はぜひ出席させたいと思います。一人だと心細いと言うので、新海さんもいらっしゃるかどうかお聞きしたくて。……はい、はい。かしこまりました、そのように伝えます。どうぞよろしくお願いいたします。それでは失礼します」

電話を終えた未散に、美蘭はすぐさま詰め寄った。

「なに? なにがよろしくなの?」
「新海さんがね、当日19時に『フルール葉山』の大階段の下でお待ちしています、だって」
「待つって、誰を?」
「美蘭を」

ええー?と美蘭は驚いて仰け反る。

「勝手に決めないでよ。パーティーなんて、どんなカッコしていけばいいのかも分からないし」
「いやだから、そんなカッコ」

そう言って未散は、トルソーに着せてある製作途中のドレスを指差した。

「せっかく作ってるんだからさ、日の目を見せてあげなよ。それに実際に着るんだってなったら、俄然意欲も違ってくるでしょ。完成させてよ、美蘭の素敵なパーティードレス」

笑いかけられて、美蘭はトルソーに目をやる。

(このドレスを完成させて、パーティーで着る?)

すると未散が美蘭の顔を覗き込んだ。

「美蘭、いつも言ってるじゃない。ウェディングドレスは花嫁様が着て、愛する人と微笑み合った時にようやく完成するって。それならこのドレスも、トルソーに着せたままだと永遠に未完成。パーティーで美蘭が着た時に初めて完成するんだよ」
「パーティーで着た時に、初めて?」
「そう。だから最後までちゃんと完成させてね」

未散の言葉に、美蘭はゆっくりと頷いた。
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