解けない魔法を このキスで
「初めまして。春日ブライダルの春日友典と申します。お目にかかれて大変光栄です。本日は突然無理を申しました。お時間をいただき、誠にありがとうございます」

18時に『プラージュ横浜』のフレンチレストランの個室で、二人は初対面した。

「初めまして、新海ホテル&リゾートの新海高良です。こちらこそ、お目にかかれて光栄です。どうぞお掛けください」
「はい、失礼いたします」

雑誌やマスコミのインタビューでも時々写真を見かけたが、実際に会ってみると春日副社長はモデルかと思うほどスタイルが良く、整った顔立ちをしている。
年齢も確か31歳で、高良と1つしか違わない。

(なるほど。これだけ容姿端麗だと、広告塔として企業の大きなイメージアップに繋がるな。若くして副社長の座に着いたのも頷ける)

宣伝にタレントを起用するよりも、より現実的に身近に感じられるし、なによりコストカットになる。
春日副社長は爽やかな笑顔とスラリとしたスタイルの良さで、SNSのフォロワー数も多いらしい。

高良は小さく息を吸い込み、これからの「報告」とやらに備えた。

まずは最高級のシャンパンをふるまい、乾杯する。
すると早速、春日副社長が口を開いた。

「お忙しい中お時間を頂戴しましたので、手短に申し上げます。我々春日ブライダルは、今後ドレスブランド ソルシエールと提携を結びたく、先方に申し入れることにいたしました」

ぴくりと高良は眉を上げる。
だが敢えてゆったりと座り直した。

「……それがあなたのおっしゃる『ご報告』ですか?」
「その通りです。ソルシエールは数々の誘いを断り、唯一御社とだけは提携している。我々が提携を申し入れる前に、御社にもご報告するのが筋かと思いまして」
「それは、弊社の許可を得たいということですか?」
「違います」

きっぱり言い放つと、春日はどこか余裕の笑みを浮かべる。

「ソルシエールは新海ホテル&リゾートの傘下にある訳ではない。提携を申し入れることに、御社の許可がいるとは考えておりません。ですが、影でコソコソしていると思われては心外です。なので敢えてご報告いたしました。それだけです」

運ばれてきた前菜やスープにも手をつけず、二人は対峙する。
春日は更に続けた。

「海外の由緒ある大聖堂や古城での挙式を手配出来るのは、現在の日本企業では弊社だけです。リゾートウェディングの為に作られた簡易的なチャペルではなく、歴史の重みの中で本格的な結婚式を挙げることが出来る。そこにふさわしいドレスは、安易に流行りのドレスを量産しないソルシエールのものしか考えられません。代表の白石さんとお会いして、ますますドレスに対する想いに感服されられました」

高良はハッとして顔を上げる。

「白石さんと会ったのですか?」
「ええ、先日『フルール葉山』でお会いしました。初めて伺いましたが、素敵なホテルですね」

ようやくナイフとフォークを手にして品良く食べ始めた春日を、高良は凝視する。
自分の知らないところで美蘭に会っていたと聞いて、心中穏やかではいられなかった。

「私に報告する前に、ソルシエールに提携を申し出たということですか?」

先ほどと言っていることが違うではないかと、高良は険しい表情を浮かべる。
スープをひとくち飲んでから、春日はゆっくりと顔を上げた。

「いいえ、違います。白石さんの方からご連絡をいたたきました。私とお話したいと」
「なっ……」

高良は思わず目を見開く。
どういうことだ?と、理解に苦しんだ。

「新海副社長は、白石さんからなにもお聞き及びではないのですか?」

認めたくなくて口を閉ざすと、春日はそれを察したらしい。
それ以上は触れずに、メインディッシュのビーフにナイフを入れて口に運ぶ。

「とても美味しいですね。さすがは名門ホテルのフレンチだ」

完全にペースを掴まれている。
高良は悔しさに唇を噛みしめた。

やがて食後のソルベとコーヒーが運ばれてくると、春日はじっくり味わってから話を締めくくった。

「私からご報告させていただきたいことは、それだけです。それ以上でも、それ以下でもありません」
「……どういう意味でしょう?」
「私の立場では、それしか申し上げられないという意味です。白石さんのお考えもあるでしょうから」

含んだ言い方に問い詰めたくなるが、余裕のなさを見せてしまうようで、なんとかこらえた。

「ソルシエールに提携を申し入れたら、その後の経過を新海副社長にもご報告いたしましょうか?」
「結構です。私から白石さんに尋ねますので」
「かしこまりました。本日は突然の無礼な申し出にもかかわらず、丁寧におもてなしいただき、誠にありがとうございました」

そう言って頭を下げてから、春日は立ち上がる。

「新海副社長。私は今後、業界の壁を超えて日本を明るく幸せにしたいと願っております。我々春日ブライダルと、新海ホテル&リゾート、そしてソルシエール。この3社がタッグを組めば、より幸せなカップルが増える、そう考えております。ぜひとも、お力添えをいただきたい。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします」

最後に深々とお辞儀をしてから、春日は立ち去った。
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