解けない魔法を このキスで
「新海さんにはいつもお世話になってばかりなのに、ミラノでちゃんとお土産を買って来られなくてすみません」

小さく頭を下げる美蘭に、高良は我に返る。

「まさか、そんな。気にしなくていい」
「本当はイタリアシルクのネクタイでも、って思ったんですけど、新海さんにはもっとふさわしいものがあるかなーって探しているうちに時間がなくなってしまって。スケジュールもタイトで余裕がなかったので……」
「本当に気にしないで。それよりゆっくり観光は出来た?」
「それが全然。ミラノには下見の為に行ったんですけど、予定していた場所を回るだけで精いっぱいでした。またいつか、ゆっくり時間をかけて見て回りたいなあ。素敵なところがたくさんありましたから」

美蘭は思い出すように、うっとりと宙に目をやった。

「君は仕事熱心だからな。今度は長期休暇を取って、ゆっくり回るといい」
「そうですね。今回も思い切って行ってみて良かったです。色んな刺激を受けて、ドレスのアイデアも浮かびました。少し前にオーダーメイドのご依頼を受けたんですけど、挙式はミラノの大聖堂でっておっしゃるんです。インターネットで調べてみたら、600年の歴史がある由緒正しいところだって分かってびっくり! どんなドレスを作ればいいのー? って、未散ちゃんと頭を抱えちゃいました。それで実際に見に行くことにしたんです」

高良はナイフとフォークを持つ手を止めて顔を上げる。

「その大聖堂を見に、ミラノへ?」
「はい。日本の企業では唯一、春日ブライダルがその大聖堂と提携しているので、下見させてもらえませんかって連絡してみたんです。そしたら副社長の方が直々に葉山まで来てくださって、『ちょうどミラノに仕事で行くところだから、よかったらご一緒に』と。急な日程だったけど、思い切ってお願いしました。フィレンツェに、ソルシエールの生地を手配してくれている社員も住んでいるので、挨拶に行きたかったし」
「そうだったのか」

春日副社長の口から聞いていたのとはニュアンスが違い、美蘭はあくまで仕事としか捉えていない。
それが分かって、高良はホッとした。

「初日だけその副社長に案内してもらって、次の日はフィレンツェで社員に会って、あとはひたすら一人で教会や大聖堂を見て回りました。どこも本当に素晴らしくて! ドレスもクラシカル、かつゴージャスにしないとなあ。ステンドグラスやバージンロードにも映えるように」

スイッチが入ったのか、美蘭は完全に手を止めて、ほわーっと宙を見上げている。
きっと頭の中は、ミラノに飛んでいることだろう。

高良はそんな美蘭にクスッと笑みをもらし、ゆったりと食事の手を進めた。
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