明治恋奇譚 〜藤堂様、ミエテマスヨ!~
 刀閃の余韻が消えた広間に、静寂が訪れた。
 黒い影は完全に霧散し、輝明の身体は力なく床に崩れ落ちる。

 将吾の放った一撃は峰打ちであった。輝明は肋骨を折るほどの衝撃を受けたものの、息はまだあった。
 しかし、その瞳は虚ろに揺れ、口からは意味を成さぬうわ言が漏れ続ける。

「……ワシが……当主だ……藤堂は……ワシの……」

 血の気を失った顔で、なおも空を掴むように手を伸ばす。
 だが、その手を取る者は誰一人いなかった。

 分家衆は蒼白になり、互いに視線を交わす。
 さきほどまで輝明の言葉に従っていた者たちも、今はただ恐怖と嫌悪に瞳を曇らせている。

 将吾は刀を収め、玲子を庇うように一歩前へ出て告げた。
「もう二度と、玲子殿に触れさせはしない。……叔父上、これからの一生をかけて、自らの罪を償うのだ」

 尚文もまた低い声で言葉を重ねる。
「……叔父上、もう終わりだ」

 玲子は膝をつき、静かに目を伏せた。
(……一将様。見届けてくださいましたか……)

 その瞬間、広間に柔らかな風が吹き抜けた。
 玲子の耳にだけ、一将の声が届く。

『……よくやった。藤堂の血を守ったのは、そなたらだ』

 その声は誇らしげで、どこか安らかだった。

 やがて輝明は取り押さえられ、分家衆の前で断罪されることとなった。
 藤堂を手中に収めようとした男が、逆に藤堂一門の裁きを受けるという、皮肉な結末であった。
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