花の浄化執行人 血のリコリス 水晶の魔都編
13話
ふと、セラが足を止めた。
「どうかした?」
「あれを」
床の中央にある円形のラピスラズリの模様を指さした。
「中央にあるのはクレイシャのシンボルマークです。周囲にある模様……文字が分解されていますが、『刻』と書かれています」
フレイリスが首を傾げた。どう見ても数多の棒が上下左右に斜めにそれぞれに組み合わされた絵か記号にしか見えない。
「読めないけど? どこの国の言葉だよ?」
「古代の文字です。別名〝神の文字〟。そういえば、ラシャリーヤの城には不思議な術が施されてあって、鍵さえあればどこへでも行けると聞いたことがあります」
「どこへでも?」
「瞬間移動のようなことができると。もしかしたら、ラシャリーヤの秘術とは、その鍵のことかもしれないですね」
フレイリスが理解できないと言いたげに小首を傾げる。
「鍵は全部で四本。女王ティーネスはこの四本の鍵を使って、どこへでも自由自在に移動したとのことです。どこかに鍵が隠されていると思うのですが」
「あったって、今のあたしたちには関係ないんじゃないの?」
「それがあれば時間を大幅に短縮して進むことができます」
セラの返事にフレイリスは腕を組んで考え込む。
「反対ですか?」
「その鍵を探している間に時間が過ぎてタイムアウトになる可能性が高いんじゃない? 鍵を見つけるゲームをするんじゃない。姫を見つけて連れ帰ること。そこには敵がいて、戦うことになる。だったら、最初から姫を捜すことに全力を傾けるべきだ」
「……そうですね」
フレイリスはセラの肩をポンと叩いた。
「姫を捜しながら、ついでに鍵にも注意を払ってりゃいいんだろ?」
明るく言ってウインクするフレイリスに、セラはうっすらと笑んで返した。再び階段をのぼり始める。
半分くらいのぼったところで四本の階段がすべて交わる踊り場に到着する。この場所から東西南北それぞれに伸びる渡り廊下が造られていて、二人は一番近い廊下を選んで進んだ。
「不便な造りだね。棟から棟に行くのに、いちいち中央に行かないといけないなんて」
そう言いながら身を乗り出して周囲を見渡す。
「だから女王は瞬間移動ができる鍵を持っていたのでしょう。ところでフレイリス、あれを見てください」
渡り廊下を通り過ぎると、正面奥の扉にホールの床にあったマークと同じものが記されていた。
「意味深だね」
「そうですね。なんらか細工の施された特別な部屋だと思います」
セラがドアノブを掴んで回そうとしたが、まったく動かなかった。
「セラ?」
「……おろらく、対魔導士用の術が施されているのでしょう。私では開けられないし、入ることもできないと思います」
「あたしの出番ってか」
「おそらく」
今度はフレイリスが試す。するとドアノブは動いて扉が開いた。
「へぇ」
足を踏み入れるがなんともない。
「ラシャリーヤに関しては、四本の鍵と、氷の女神クレイシャの象徴であるオパール、女王ティーネスの象徴である水晶が有名です。これらに関するものがあるか見てきてください」
「セラ自身が探すほうが的確じゃない? セラも入りなよ。なんともないよ? ただの部屋だ」
その瞬間、セラが蒼白になった。
「冗談言わないでください。入れないと言ったでしょう」
「平気だって。おいでよ」
セラの腕を掴むとフレイリスは力任せに引き寄せた。だが足を踏み入れたとたん、セラの体が紫色の炎に包まれた。
「セラ!」
すぐに部屋から出る。セラは肩を大きく揺らして片膝をついた。
「セラ、大丈夫か?」
「……ええ、大丈夫です。こうなることはわかっているので、防御していましたから」
「そっか。本当にすまない。軽率だった」
「気になさらず。しかしながら、あなただって無影響というわけではありません。気をつけてください。私が入れない以上、あなたに頼るしかない。よろしくお願いします」
セラの言葉を受け、フレイリスは人差し指と中指を立てて額に当て、それから弾くように動かした。笑んだ顔が任せてと言っている。それから身を翻して扉を閉めた。
「おっ」
世界が暗転する。所々うっすら丸い明かりが浮かんでいるが、基本、闇だ。それにかび臭い。
フレイリスはぽつねんと佇んでいた。閉じたはずの扉も消失している。
「封印ってヤツか。くだらないね」
顔を上げたフレイリスの足元が歪み、空間がねじれたように感じる。今度は無限の空間だった。
フレイリスは目を瞬いた。確かに暗いが漆黒の闇ではなく、所々が明るく光っている。そして非常に寒く感じた。
遠くにうっすら地平線とおぼしき様子が見える。それが考えている通りに地平線なのかどうか、フレイリスは目を眇めて凝視したが、判然としない。だが、ふいに腰の長剣を抜き、振り向き様に斬った。白い閃光が走る。長剣は見事に相手を斬った――はずであった。
「幻影か」
剣の先は半透明の怪物の体を擦り抜けただけだった。手応えもない。フレイリスには手の出ない魔道域の怪物のようだ。姿を目視できない。
続けて別の空間に視線を走らせた。どうやら囲まれている。
背後から気配が来た。フレイリスは剣を操り、近づいてくる気配を斬る。剣先は空を走るだけで手応えはない。それを何度も繰り返し、フレイリスの息が荒くなり始めた頃、遠くに人の声が聞こえた。
「どうかした?」
「あれを」
床の中央にある円形のラピスラズリの模様を指さした。
「中央にあるのはクレイシャのシンボルマークです。周囲にある模様……文字が分解されていますが、『刻』と書かれています」
フレイリスが首を傾げた。どう見ても数多の棒が上下左右に斜めにそれぞれに組み合わされた絵か記号にしか見えない。
「読めないけど? どこの国の言葉だよ?」
「古代の文字です。別名〝神の文字〟。そういえば、ラシャリーヤの城には不思議な術が施されてあって、鍵さえあればどこへでも行けると聞いたことがあります」
「どこへでも?」
「瞬間移動のようなことができると。もしかしたら、ラシャリーヤの秘術とは、その鍵のことかもしれないですね」
フレイリスが理解できないと言いたげに小首を傾げる。
「鍵は全部で四本。女王ティーネスはこの四本の鍵を使って、どこへでも自由自在に移動したとのことです。どこかに鍵が隠されていると思うのですが」
「あったって、今のあたしたちには関係ないんじゃないの?」
「それがあれば時間を大幅に短縮して進むことができます」
セラの返事にフレイリスは腕を組んで考え込む。
「反対ですか?」
「その鍵を探している間に時間が過ぎてタイムアウトになる可能性が高いんじゃない? 鍵を見つけるゲームをするんじゃない。姫を見つけて連れ帰ること。そこには敵がいて、戦うことになる。だったら、最初から姫を捜すことに全力を傾けるべきだ」
「……そうですね」
フレイリスはセラの肩をポンと叩いた。
「姫を捜しながら、ついでに鍵にも注意を払ってりゃいいんだろ?」
明るく言ってウインクするフレイリスに、セラはうっすらと笑んで返した。再び階段をのぼり始める。
半分くらいのぼったところで四本の階段がすべて交わる踊り場に到着する。この場所から東西南北それぞれに伸びる渡り廊下が造られていて、二人は一番近い廊下を選んで進んだ。
「不便な造りだね。棟から棟に行くのに、いちいち中央に行かないといけないなんて」
そう言いながら身を乗り出して周囲を見渡す。
「だから女王は瞬間移動ができる鍵を持っていたのでしょう。ところでフレイリス、あれを見てください」
渡り廊下を通り過ぎると、正面奥の扉にホールの床にあったマークと同じものが記されていた。
「意味深だね」
「そうですね。なんらか細工の施された特別な部屋だと思います」
セラがドアノブを掴んで回そうとしたが、まったく動かなかった。
「セラ?」
「……おろらく、対魔導士用の術が施されているのでしょう。私では開けられないし、入ることもできないと思います」
「あたしの出番ってか」
「おそらく」
今度はフレイリスが試す。するとドアノブは動いて扉が開いた。
「へぇ」
足を踏み入れるがなんともない。
「ラシャリーヤに関しては、四本の鍵と、氷の女神クレイシャの象徴であるオパール、女王ティーネスの象徴である水晶が有名です。これらに関するものがあるか見てきてください」
「セラ自身が探すほうが的確じゃない? セラも入りなよ。なんともないよ? ただの部屋だ」
その瞬間、セラが蒼白になった。
「冗談言わないでください。入れないと言ったでしょう」
「平気だって。おいでよ」
セラの腕を掴むとフレイリスは力任せに引き寄せた。だが足を踏み入れたとたん、セラの体が紫色の炎に包まれた。
「セラ!」
すぐに部屋から出る。セラは肩を大きく揺らして片膝をついた。
「セラ、大丈夫か?」
「……ええ、大丈夫です。こうなることはわかっているので、防御していましたから」
「そっか。本当にすまない。軽率だった」
「気になさらず。しかしながら、あなただって無影響というわけではありません。気をつけてください。私が入れない以上、あなたに頼るしかない。よろしくお願いします」
セラの言葉を受け、フレイリスは人差し指と中指を立てて額に当て、それから弾くように動かした。笑んだ顔が任せてと言っている。それから身を翻して扉を閉めた。
「おっ」
世界が暗転する。所々うっすら丸い明かりが浮かんでいるが、基本、闇だ。それにかび臭い。
フレイリスはぽつねんと佇んでいた。閉じたはずの扉も消失している。
「封印ってヤツか。くだらないね」
顔を上げたフレイリスの足元が歪み、空間がねじれたように感じる。今度は無限の空間だった。
フレイリスは目を瞬いた。確かに暗いが漆黒の闇ではなく、所々が明るく光っている。そして非常に寒く感じた。
遠くにうっすら地平線とおぼしき様子が見える。それが考えている通りに地平線なのかどうか、フレイリスは目を眇めて凝視したが、判然としない。だが、ふいに腰の長剣を抜き、振り向き様に斬った。白い閃光が走る。長剣は見事に相手を斬った――はずであった。
「幻影か」
剣の先は半透明の怪物の体を擦り抜けただけだった。手応えもない。フレイリスには手の出ない魔道域の怪物のようだ。姿を目視できない。
続けて別の空間に視線を走らせた。どうやら囲まれている。
背後から気配が来た。フレイリスは剣を操り、近づいてくる気配を斬る。剣先は空を走るだけで手応えはない。それを何度も繰り返し、フレイリスの息が荒くなり始めた頃、遠くに人の声が聞こえた。