花の浄化執行人 血のリコリス 水晶の魔都編

14話

(誰だ?)

――黙れ!

 鼓膜に鋭く突き刺さるような一喝が轟く。
 目を凝らし、前方を見つめる。

――黙れ! 僕は化け物なんかじゃない!

(セラ?)

 暗い中、いくつもの火の玉のような光が浮かんでいる。その中心にいるのは子どもの姿をしたセラだ。子どものセラを囲んでいる光が形を成し、人の姿に変貌した。全員、子どもだ。何度も怒鳴っていた子どものセラは、うつむいている。肩が震えているので泣いているようだ。

――人間になりたいだって? そりゃーなれるだろうさ。魔導士くらいならね。
――セラは妖魔と人間の間に生まれたんだ。この出来損ない。
――妖魔は人間と共存なんざできねぇよ。半妖、どっか行け!

 うつむく子どものセラは、手を顔にやって左右に動かした。涙をぬぐっている姿が痛々しいが、囲む子どもたちは指をさして嗤う。とうとう子どものセラは声をあげて泣き出した。

――泣いて人間になれりゃ世話ねぇよ。そんなに人間になりたかったらなってみろよ。この半妖。人間らしいところを見せてみろ。

 泣き声と嘲笑が絡み合って渦を巻く。そんな中、セラは顔を上げた。見慣れた顔が幼い。そして顔が一部異なっている。彼の目が爬虫類のようなそれであること。

「そういうことか」

 ぼそりと聞こえないくらいの声が落ちた。呟いたフレイリスは彼らを冷めた目で見ているだけだが、ふいにギュッと柄を握りしめると、嘲笑っている子どもたちに斬りかかった。

 わぁっと子どもたちが逃げ惑うが、フレイリスのほうがはるかに速い。一人ずつ確実に仕留めていく。

――お前、大人のくせに子どもを斬るのか!

 一人が怒鳴った。

「中身は他者を蔑む下郎だろう。大人も子どもも、人間も妖魔も関係ない。あたしはカイオスの〝浄化執行人〟だ。悪域に傾いた心を浄化する。それにここは通常空間ではなく、お前たちもまた生きている人間ではないから、容赦などしない」

 ひゅん、と剣先が空で踊り、子どもたちを斬っていく。斬られた場所から噴き出すものは、赤い血ではなく黒い液体だった。息絶えた子どもたちは地に倒れた瞬間、砂と化す。

 全員が砂になり、残るは子どものセラだけだ。フレイリスはまたセラと相対した。

 爬虫類のような目がフレイリスを捉える。フレイリスがなにか言おうと口を開きかけた時、子どものセラの体を後ろから抱きしめる女が出現した。

――可愛い私のセラファスに手を出すことは許さない。

(セラファス?)

 女はセラの肩越しにフレイリスを睨みつける。対してフレイリスは目を眇めて見返す。

(こんなモノを見せてなんになると思っているんだろう。もう幻影は効かないとわかったはずなのに。では……あたしを動揺させることじゃないのかもしれない。だったらなんだ)

 セラを抱きしめている状態で、女の体がふわりと浮いた。敵意丸出しのまなざしもそのままだ。だが、なにかが起こっている。

(なんだ?)

 すると女の顔の一部がもげた。続けて腕や足、腰や尻など肢体も、一掴み分の大きさでもげていく。

――私の愛しい子を傷つける者は許さない。

 女の背、肩甲骨のあたりがグニッと盛り上がった。見る見る大きくなっていく。同時に女の体が完全もげて一回り小さく、そして黒い表面になった。

(あっ!)

 そこから変貌のスピードが上がった。全体が大きくなりつつ、背の盛り上がりが形を変え、竜の翼になる。と同時に黒かった体は銀色の鱗に包まれた。

(変態する竜が人間とまぐわい、子を産み落としたあとに食ったのか? セラ、それがお前の過去なのか)

 恨みがましいとでもいうように、爬虫類のような目をしたセラがフレイリスを見上げている。だが、いきなりガサリと音を立てて崩れ落ちた。残ったのは周囲に散らばった砂だ。

 キィーーーーーーー! と甲高い音がフレイリスの鼓膜に突き刺さった。バサリと音がし、続けて風が起こる。銀色の竜が翼を羽ばたかせている。

(本物の銀竜はそう簡単には倒せないが、このまがい物の空間にいるのは単なる幻影だ。じゃあ、やすく倒せるってことだろ)

 タンと床を蹴ってフレイリスはジャンプした。首を狙って剣を振るう。銀の竜はさらに翼を羽ばたかせ、風を強化する。おかげでフレイリスは失速し、床に落ちた。すかさず起き上がって、今度は体を低く保ちながら近寄り、足に向けて一閃した。

 またしても、鼓膜に響く甲高い鳴き声が轟き、さらには鋭い鉤爪が襲ってきた。それを避け、体と翼の接続部分に飛びかかり、剣を刺す。そこから力任せに斬り込んだ。

「うわっ」

 激しく暴れてフレイリスの体が吹っ飛んだ。床に落ちるところを横に薙ぎ払われて、さらに飛ばされる。フレイリスは起き上がると、すかさず横に飛んで次打をかわし、体勢を立て直して足元に入り込んだ。

――ギャア!

 今度は人の悲鳴のような声が上がる。銀の竜が怒りに任せて両手を振り回す。フレイリスはかまわず間合いに入り、首を一閃した。

 シンと静まり返り、その次に竜の体が地響きと共に倒れた。

「あ」

 大量の砂。その中に金色に輝くものがある。フレイリスは砂の塊を掻き分けて近づき、それを手に取った。

「鍵……これか」

 ボディは金色、ヘッドにはダイヤ型のオニキスがついている。これがセラの言っていた鍵であることは間違いないだろう。

「一本目ってことか。ずいぶん骨だな」

 虚脱感が襲ってくる。身体のほうではなく、精神のほうが。フレイリスはこめかみを押さえて、疲れたようにぼそりと呟いたのだった。

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