花の浄化執行人 血のリコリス 水晶の魔都編

5話

「介入しますか?」
「悪い奴らではなさそうだから、ほっとけばいいんじゃない?」
「ですが……店員の女性は嫌がっているみたいですけど」

 そこへ店主が止めに入った。会話から、店員の娘がなにやら事件に関わっているみたいで、マントの連中は事情聴取に応じよと言っている。セラは気になるみたいだが、フレイリスはまったく無視して立ち上がり、宿の宿泊部屋に続く扉へ行こうとする。だが、足を止めて振り返った。

「フレイリス?」
「囲まれたね」
「囲まれた?」
「放っておきたいところだけど、さっさと終わらせたほうがいいだろうね」

 フレイリスは外に通じる出入り口へ向かって歩き出した。そしてフードマントの者たちの横を通る際に、

「外は引き受けた」

 と、小さく声をかけて店の外に出た。一方、セラがフッと吐息をつき、フレイリスを追いかけ、同じように店外に出た時には、フレイリスは十名くらいの男たちに囲まれていた。

「さすが、フレイリス」

 とセラがつぶやく。ガラの悪い男たちは、みな手に物騒なものを持って構えている。

「なんだ、貴様、あいつらの一味か?」
「どうかねぇ」

 巨漢が襲いかかってきた。フレイリスは不敵な笑みを浮かべながら右手を挙げてマントを払い、腰の長剣を抜く。鍔のリコリスが赤く輝いている長剣は、光を反射させて不気味に煌いている。

「おい、あれ、カイオスの執行人じゃねぇか!?」
「マジか! ヤべぇぞ!」

 巨漢の後ろからそんな声が聞こえるが、もう遅い。

 地を蹴ったフレイリスは目にも止まらぬ速さで巨漢の懐に入り込み、体を回転させて一閃。ベルトが切断され、だらしなくズボンが落ちると足元に絡まり、巨漢は動けなくなった。そこへ後方に回り込んだフレイリスがうなじに一打浴びせる。巨漢はそのまま地に落ちた。

 野次馬たちが驚いているのもかまわず、巨漢から近いところにいる男たちに向かう。一人目には手元に剣を振るい、痛みに意識が取られて無防備になった腹部に左拳を打ち込む。男は目を剥いて倒れ込んだ。

 そこから回し蹴りで後方の男の顔面を蹴りつける。のけ反った体に飛び乗って反動を利用し、さらに高く飛んだ。落下のスピードを利用しつつ別の男に斬りかかり、向かってくる男たちを右から左からと剣を振るって叩きのめしていった。

 十一人の男たちが全滅するのは、文字通りあっという間だった。

「カイオスの執行人が他人のトラブルに介入するとは」

 店から先ほどのフードマントの男たちが出てきた。店員の娘は拘束されていないが、諦めたようにうつむいていておとなしい。

「そうかな? カイオスは麗しいお嬢さんの味方なんでね。チンピラに傷つけられたら困るだろ?」

 娘が顔を上げる。改めて見ても麗しい娘だ。

「この方は」

 言いかけたフードマントの男に待ったのポーズを取る。

「お嬢さんの身の上を聞く必要はない。それより早くこいつらを捕らえなよ」
「……そうか。そうだな」

 男はフードを取り、右腕を胸に当てた。隙間から見える胸元と袖の縁取りから、軍の人間だということがわかる。どこかの貴族のご令嬢がやんちゃをし、それを狙ってハイエナ共が群がってきた、というところだろう。

「だが、さすがはカイオスの〝浄化執行人〟だ。鮮やかだった。それに全員致命傷を避けている。見事だ」
「天秤にかけたら間違いなく浄化対象だろう。けど、然るべき機関がちゃんとしょっ引いてくれるなら、あたしが出張る必要はないからねぇ」
「教えてほしいことがあるんだが」

 フレイリスがほんのわずか首を傾けて了解の仕草をする。

「その剣で斬っても死なないのか?」
「いや、今は普通の剣だから、斬れば死ぬよ」
「今は?」
「そ。浄化するためには手順があってね。そいつを行わない限り、心だけ撃つことはできないんだ」
「斎主の力が発動しないということか?」
「そうだね。そういうこと」
「最後の質問だ。お前たちは悪域に堕ちた輩の心を浄化すると言うが、言っている意味がよくわからない。悪人を始末する、ではないのか?」

 フレイリスは剣を鞘に戻しつつ、「違うね」と答えた。そして右手の人差し指をまっすぐに立てた。

「人間は多少の違いはあれ、善の心と悪の心を併せ持っている。善行をしてもやりすぎたかな、なんて思うことがあるし、悪いことをしたら反省したりもする」

 その指を右左それぞれ四十五度ほど傾ける。次は九十度傾けた。

「このあたりまで来ると、ちょっと個性が出てくるけど、まぁ範囲内だ。だけど、ここを超えてくるともう〝普通〟ではない。けど、善人なら世の中に影響はない。問題は反対の悪意に心を囚われた者だ。こいつらは排除しないといけない。とはいえ、あなたは悪人だから問答無用で殺します、とはいかないだろ? カイオスは母神ユノーの母なる力を使って、その悪意に満ちた心を清めるんだ。清められた部分は欠けると思ってくれたらいい。普通の人間だったら、欠けたってすぐに均されて元に戻る。でも、ここから」

 指を左斜め下に向ける。

「下を悪域とし、ここに至った者は、心の大部分が欠損し、元には戻らない。精神障害を起こすか、生きているだけでなにも考えられなくなるか、あるいは死んじまうか。多くは死んじまうから、あたしらは殺人者みたいに思われてるけどね」
「……そうか」
「むやみやたらに手を下してはいないよ。だから、あんたらにも迷惑はかけないさ」

 フレイリスはそう言って微笑み、戸口にいるセラのもとに向かったのだった。


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