フェルナンドの薔薇は王弟殿下の愛で輝く~政略結婚で人族に嫁いだ魔族令嬢は、王弟殿下の優しさで愛を知る~
 ここから逃げないと。でも、逃げるってどこに?

 石畳がどこに続いているかわからない。もしかしたら、この先が煉獄なのかもしれない。

 足ががくがくと震えた。
 立ち止まり、来た道を振り返ろうとした時、脳裏に「森に行っちゃダメっていったでしょ」と叱る母の顔が浮かんだ。「女の身で森に入るな!」と烈火のごとく怒る父と、私の手を握って「だからいったのに」とため息をつくお兄様。抱きしめてくれたお姉様たち。──これはいつの記憶だろう。幼い頃?

 熱い息を吐き出しながら、振り返ることも、進むことも出来なくなった。

「……ごめんなさい、お母様、お父様」

 ぼろぼろと涙があふれた。
 だけど、ここには私の手を引っ張ってくれるお兄様も、抱きしめてくれるお姉様もいない。私は一人……孤独感が膨れ上がり、昏い森がざわめき出した。

 覆いかぶさるように木々が迫ってくる。
 逃げないと。そう思いながらも、身体が固くなる。

「でも……小鳥が……鳴いていたの。助けてって、声が」

 幼い記憶が私の意識を混濁させていく。
 膝を抱え、石畳の上で体を丸めて嗚咽を堪えた。もう、一歩も動けなかった。
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