サイレント&メロディアス
俺が、風呂を掃除していたさおりさんにそう声をかけると、彼女はすぐに柄の長いブラシを片づけ、ビニール手袋をはずし、洗面所でささっと手を洗う。嬉しそうな顔で。ほっぺが真っ赤になっている。可愛いなぁ。
ピアニストであるさおりさんに包丁を持たせるわけにはいかない。彼女のご両親・つまり俺の義両親はそこまで娘を甘やかさなくて良いと言うが、俺、料理好きだし。さおりさんも好きだし。
「どうぞ」

キッチンダイニングのテーブルにならべるふたり分の食事。
五穀米ご飯はさおりさんの好みにやわらかめに炊いた。鶏ひき肉のハンバーグ。おろししょう油ソース。
茹でたブロッコリーとニンジンとジャガイモの付け合わせ。そして大根の葉と小ネギと油揚げの入った豆乳みそ汁。
さおりさんは両手を合わせて嬉しそうにニコニコしている。そして俺が座るまで待っている。俺もさおりさんが座るまで待っているから、いつもこれで時間を取ってしまう。なので「せーの」でふたりで座る。向かい合って。
さおりさんはいつのまにか長い髪をヘアクリップでまとめていた。食べる気まんまんだ。後れ毛が色っぽい。
ふたりで「いただきます」と両手を合わせ食べはじめる。さおりさんは一言も発しないが。だが、全身から小花が散っているかのようにニコニコニコニコしている。癒される。
「さおりさん、美味しいですか?」
俺の質問にさおりさんはにっこにっこしながらうんうんうんうんと首を縦に振る。おい、ちょっと可愛すぎないか? うちの奥さん。
「味付けはどうですか? 濃すぎる? 薄すぎる。ちょうど良い?」
さおりさんはニコニコしながら目をキラキラ輝かせる。あ、これ、美味しいの顔だ。よかった。

食事をしながら俺は無難な会社での話をした。同僚と今日話したことや、今日の仕事のことをかいつまんで。さおりさんはニコニコしながら俺の話を聞いてくれていた。あぁ、癒される。

「さおりさん。
今夜、お時間ありますか」
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