それも、初恋。。
朝食介助が始まり、いつものように佐崎さんの癇癪を受け流していると、一瞬、遠くの泉と目が合う。
朝の出来事が一瞬よぎり、それをザッと払いのけて、なんかアイコンタクトでもしてみるか、と思った時だった。
「橘ナイッスー」
背後のギャル集団が、ぎゃははっ、と威圧的な笑い声を立てたので、やべっと慌てて振り返る。
『橘君は長谷川さんたちと仲がいいですよね。本当に申し訳ないんですが、彼女たちの声が大きくなった時、それとなく注意してもらえませんか? 実は利用者たちから苦情が来ているんです。僕やスタッフが注意すると角が立ちそうなので、お願いできませんか』
と、ケアマネの佐藤さんに頼まれたばかりだったのだ。
佐藤さんに頼まれたら断れない。
佐藤さんは、俺から見ても介護現場の人手不足の犠牲者の代表みたいな人だった。
いつも目の下にクマがあって、毎日スタッフと高齢者の間で不満の板挟みになっている。ふと気が付くと理不尽に謝らされている。
マジで大変そうだった。俺ならとっくにメンタル崩壊してると思う。
ギャル集団に向き直り「声でけぇって。佐崎さんに聞こえるから」と、笑いながら注意する。
「あ、ごっめーん」と、全然反省してない謝罪が返ってくる。でも、一応声は小さくなった。
よし。と。泉を振り返ったら、担当おばあちゃんの湯飲みにほうじ茶を淹れながら首を傾げていた。
理科の実験みたいに慎重な面持ちで、湯飲みのお茶に水を加えている。お茶の温度が熱かったらしい。
「橘何見てんのー」と、また背後が騒がしくなり「だから、マジで声でけぇって」と慌てて振り返る。
ギャル集団の声をけん制しながら(やっぱいいヤツだよなー、あいつ)と感心する。
中学の時も、休み時間に教室の汚れを人知れずささっと拭いていたり、取れかかった掲示物を直したり、こまごまやっていた。よく気が付くなーと感心してたけど、やっぱいいヤツだなと改めて思う。
(って、俺も佐崎さんに集中しねーと)
再び佐崎さんの介助に戻る。
だけどなんか、今日はやたらと泉が気になる。
また泉たちの方をちらりと見やると、担当おばあちゃんと何やらにこやかに喋っていた。
二人で、のほほんと窓の外を眺めながら。
(あの木の花を見てんのかな)
低い木に、ヒヤシンスみたいな形の紫色の花がめちゃくちゃいっぱい咲いている。
綺麗だけど、ちょっと鮮やか過ぎて自己主張が強い花だった。
(でも、匂いは良さそうな)
何の花だろう。
「おい、茶!」
佐崎さんの怒鳴り声で、ハッと我に返る。
「あ、お茶っすね!」
「ったく、普通は言われなくても客の湯飲みの状態を見て次ぐもんだろう。まったく接客がなっとらん」
(いや、接客じゃねーし)
とりま、加水しとくか、と泉を見習うことにした。
朝の出来事が一瞬よぎり、それをザッと払いのけて、なんかアイコンタクトでもしてみるか、と思った時だった。
「橘ナイッスー」
背後のギャル集団が、ぎゃははっ、と威圧的な笑い声を立てたので、やべっと慌てて振り返る。
『橘君は長谷川さんたちと仲がいいですよね。本当に申し訳ないんですが、彼女たちの声が大きくなった時、それとなく注意してもらえませんか? 実は利用者たちから苦情が来ているんです。僕やスタッフが注意すると角が立ちそうなので、お願いできませんか』
と、ケアマネの佐藤さんに頼まれたばかりだったのだ。
佐藤さんに頼まれたら断れない。
佐藤さんは、俺から見ても介護現場の人手不足の犠牲者の代表みたいな人だった。
いつも目の下にクマがあって、毎日スタッフと高齢者の間で不満の板挟みになっている。ふと気が付くと理不尽に謝らされている。
マジで大変そうだった。俺ならとっくにメンタル崩壊してると思う。
ギャル集団に向き直り「声でけぇって。佐崎さんに聞こえるから」と、笑いながら注意する。
「あ、ごっめーん」と、全然反省してない謝罪が返ってくる。でも、一応声は小さくなった。
よし。と。泉を振り返ったら、担当おばあちゃんの湯飲みにほうじ茶を淹れながら首を傾げていた。
理科の実験みたいに慎重な面持ちで、湯飲みのお茶に水を加えている。お茶の温度が熱かったらしい。
「橘何見てんのー」と、また背後が騒がしくなり「だから、マジで声でけぇって」と慌てて振り返る。
ギャル集団の声をけん制しながら(やっぱいいヤツだよなー、あいつ)と感心する。
中学の時も、休み時間に教室の汚れを人知れずささっと拭いていたり、取れかかった掲示物を直したり、こまごまやっていた。よく気が付くなーと感心してたけど、やっぱいいヤツだなと改めて思う。
(って、俺も佐崎さんに集中しねーと)
再び佐崎さんの介助に戻る。
だけどなんか、今日はやたらと泉が気になる。
また泉たちの方をちらりと見やると、担当おばあちゃんと何やらにこやかに喋っていた。
二人で、のほほんと窓の外を眺めながら。
(あの木の花を見てんのかな)
低い木に、ヒヤシンスみたいな形の紫色の花がめちゃくちゃいっぱい咲いている。
綺麗だけど、ちょっと鮮やか過ぎて自己主張が強い花だった。
(でも、匂いは良さそうな)
何の花だろう。
「おい、茶!」
佐崎さんの怒鳴り声で、ハッと我に返る。
「あ、お茶っすね!」
「ったく、普通は言われなくても客の湯飲みの状態を見て次ぐもんだろう。まったく接客がなっとらん」
(いや、接客じゃねーし)
とりま、加水しとくか、と泉を見習うことにした。