顔も知らない結婚相手に、ずっと溺愛されていました。
一方的に会話を終了させ、忙しいと連呼しながらスマホを耳に当ててジャケットを羽織る父。
どうせ会食とかこつけて、立場の弱い取引相手の担当者と朝まで飲み歩くのだろう。
いつもの見透いたパターンだ。
私には未だに二十二時までには帰ってこいと口うるさく言ってくるくせに。
女のくせにはしたなく外で酒なんか飲むなと釘を刺してくるくせに。
大学も卒業して、社会人になって父とは一切関わりのない企業に就職した。一人暮らしは許さないと言われたから仕方なく今も実家にいるけれど、それなりに自立して日々一生懸命生きているというのに、どうして私は未だにあの男に囚われているのだろう。
どうして私だけ、いつも自由じゃないの?
私はいつまで──……父の言いなりになればいい?
バタンッと力強く扉を閉めて父が書斎から出ていく音がした時、私の心の中にあった何かが砕けた。
これまでなんとか我慢して、我慢して、どうにか堪えてきたものがすべて、上から順に崩れ去っていった。