顔も知らない結婚相手に、ずっと溺愛されていました。
*
「──お客様、すみませんがそろそろ閉店ですよ」
「……んっ」
「起きてください、お店閉まる時間ですよ」
男性の呆れたような声に、ゆっくりと意識が戻ってくるのが分かった。
カウンターテーブルの上に腕を敷いて伏せていたせいか、右腕の痺れに違和感を覚えて頭を持ち上げた瞬間、今までに感じたことのないような頭痛と吐き気が私を襲った。
「うっ」
「お客様、もう朝です。うちのバーは五時で閉店ですのでお帰りいただけますか?ご要望であればタクシーを呼びますよ?」
「……バー?朝?」
霞む目を凝らして辺りを見渡すと、目の前のカウンターにはたくさんのお酒とグラスが並んでいて、ここは落ち着いた雰囲気のお洒落なバーの店内だった。
遠慮がちに私の肩を揺すっている男性は、服装を見る限りきっとここのバーテンダーだろう。
「(そうだ、私……家、飛び出して来たんだっけ)」
世界一嫌いな父から勝手に結婚相手を決められ、人生で初めて家出という名の反抗をした。
必要最低限のものだけをキャリーケースに詰めて勢い任せに家を出たはいいものの、行く当てもなかった私はこれまで父がことごとく禁止してきたものを解禁しようと、このバーに入って想像もつかない名前のお酒をたくさんオーダーしていった。
ジントニックにモヒート、日本酒にマルガリータに、ワインにビール。
どれも苦いしアルコールならではの独特の味がして美味しいとは思えなかったけれど、それでも父の『結婚相手が決まったぞ』という言葉が蘇るたびに、私は出されたお酒をこれでもかというほど体内に流し込んだ。