見上げた星空に、奇跡が降る

36 大丈夫の魔法

      ―迷い猫―

 朝からずっと、空は重たく曇っていた。

 昼過ぎには少しだけ明るくなったけれど、日が沈むころにはまた灰色の雲が空を覆ってしまった。

 窓を開けても、冷たい空気と一緒に、分厚い雲の気配が押し寄せてくる。

 月さえ見えない。

 胸の奥に、じわじわと失望が広がった。

 もし今夜、星が見えなかったら……。

 今日のために練習してきたすべてが、無駄になってしまう気がした。

 あの公園まで行く勇気も、また消えてしまうかもしれない。

 カーテンの隙間から空を見上げたまま、ため息をつく。

 スマホを持たない私にとって、外とつながる窓は唯一このデスクトップだけ。

 そこに映るメッセージのやり取りが、心の支えになっていた。


 =空、まだ雲が多いです……=


 恐る恐る送った一文に、すぐ返事が返ってきた。


 =大丈夫、きっと時間になれば晴れる=


 彼がそう言ってくれると、自然に頷ける。

 いつも通りの穏やかなメッセージは、魔法のように私の心を軽くさせた。

 少しして、またメッセージが届く。


 =さっきより雲が薄くなってきてます=


 私の家の窓からは変化が分からない。

 それでも、「そうなんだ」と素直に信じられる。

 今までなら「今日はもう無理だ」とあきらめていたかもしれない。

 でも、オリオンが見ている空が、少しでも明るくなっているのなら――私も信じられる。


 =どうしようかな……行っても見えないかな=


 迷いを込めて打ったその言葉にも、彼はすぐに答えてくれる。


 =大丈夫=


 たったそれだけの文章なのに、胸が熱くなる。

 まるで、背中をそっと押されるようだった。

 窓の外は、相変わらず雲だらけだ。

 でも、彼が言うなら――その先にある光を信じてもいいのかもしれない。

 私はそっと上着のファスナーを上まで引き上げ、靴を揃えて玄関に置いた。

 まだ決意は固まりきっていない。

 けれど、もう一歩、外へ踏み出す準備だけはしておきたかった。

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