森の魔女と託宣の誓い -龍の託宣5-
「よかったわね。数時間でも遅れていたら、言霊を降ろすのはひと月先になっていたわ」
「そんな先に……?」
「ええ、本来わたしは夢見は専門外だから。満月の瞬間にしか言霊は降ろせないのよ」
「そういえばシルヴィ様がシンシア様は満月の魔女だと……」
「まぁそういうことね。クリスティーナがいたから、今までは新月でも夢見の神事は執り行えていたけれど」

 言われてみれば東宮にいた時、王女は新月と満月に合わせて王城に向かっていた。何も知らされないまま、この国は龍に動かされている。そんなふうに思うと少し怖くなった。

「でも安心して。さっきも言ったように、託宣の神事は明日にでも行うから。今日は早めに休むといいわ」

 疲れたように息をつくと、シンシアはリーゼロッテの後ろに向けて声をかけた。

「ラウラ、あとはお願い。テオは聖杯を案内して」

 振り向くと背の高い女性が壁際に控えており、その横には帽子(キャスケット)を被った少年がいた。
 気づくと膝にいた猫がいなくなっている。大きな犬も神事の最中にどこかへ行ってしまったようだ。もう少しもふもふと戯れていたかったが、仕方なくリーゼロッテはソファから立ち上がった。

「では美酒の君様、お部屋にご案内いたします」
「今夜はこちらに泊めていただけるのですか?」
「はい。ただしこの(むね)には美酒の君様だけ。聖杯様は別棟に行っていただきます。神事の決まり事となっておりますので、どうぞご承知ください」
「聖杯様はこっちだよ。ちょっと雪の中を歩くけど、大丈夫だよね?」

 少年がジークヴァルトの手を引っぱって、そのまま部屋を出ていこうとする。
 ジークヴァルトと目が合うと、リーゼロッテは安心させるようにほほ笑んだ。ここは巫女のいる安全な場所だ。森の中自体、異形もいない。外に出たりしなければ問題はないだろう。

 狼たちを思ってそんなことを考えてみる。それが伝わったのか、ジークヴァルトはゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。頬に指を滑らせて、静かな瞳で見下ろしてくる。

明日(あす)にまた」
「はい、ヴァルト様。おやすみなさいませ」

 甘えるように頬ずりすると、ジークヴァルトの指は、髪をひと房さらって離れていった。


     ◇

 明日はいよいよ王命を受けた大事な神事だ。
 一向に暗くならない白夜の空を窓から見上げ、リーゼロッテは高揚する気持ちをなんとか落ち着けようとした。

(大丈夫。ジークヴァルト様と一緒だもの)

 胸の守り石を握りしめ、あのあたたかな青を思う。


 その夜、狼の遠吠えを遠くに聞きながら、リーゼロッテは小さな寝台で丸くなって眠りについた。






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