森の魔女と託宣の誓い -龍の託宣5-
「クリスティーナはどう? 元気にしていて?」
「はい、バルテン領でおしあわせそうに過ごしていらっしゃいました」
「そう……あの()は無事、宿命の輪から外れられたのね」

 子の幸せを願う母のような。それでいて(うれ)いを含んでいるような。そんな遠い目をしてシンシアは言った。

「さぁ、早く済ませないと月が欠け始めるわ。言霊(ことだま)を降ろすから、あなたはそこに座って見ていなさい」

 長椅子を指定され、リーゼロッテは言われるがまま腰かけた。となりで丸くなっていた黒猫が、おもむろに膝に乗ってくる。
 思わず首元をくすぐると、気持ちよさそうにゴロンとなった。可愛さに声を出しそうになる。だが今は神事の真っ最中だ。指で小さくこちょこちょしつつも、神妙な顔で背筋を伸ばした。

「あなたはこちらに集中して」

 猫と戯れるリーゼロッテを見て、ジークヴァルトはしかめ面をしている。そんな姿をシンシアは呆れたように見やった。

「猫でしょう? それくらい我慢なさい」
「ですがあれは雄猫です」
「これだから対の託宣を受けた男は……。残念ながら、託宣の神事は明日までお預けよ。いいから今はこちらに専念なさい」

 もう一度暖炉に砂を投げ込むと、青銀の火の()がいっそう舞い踊った。炎は時に虹色に見え、明滅(めいめつ)しては幻想的に()ぜていく。

「青龍よ、まどろみから目覚め、我が声を聞け。断鎖(だんさ)を背負う青き者、正道を経てここに来たれり。約束の言霊を、今、我が身に降ろすがいい……」

 シンシアの手が、水をすくい上げるように掲げられる。風もないのにローブの(すそ)がはためいた。体すべてが光を(まと)って、白一色に包まれる。

「夢見を継し者……()(いん)(よう)をその身に(あわ)せ持つ者なり……古きは捨て、新たに扉を開くべし」

 その口から少女のものでない声が紡がれる。猫をかまうことも忘れて、リーゼロッテはただその姿に魅入られていた。

 光が収束し、シンシアは崩れ落ちるように両膝をついた。ジークヴァルトが差し出した手に首を振ると、息をついて再び立ち上がる。

「断鎖を背負う青き者……あなたが呼ばれた理由が分かったわ。詳しいことは今は言えない。だけれど、泉には夢見を継ぐ者以外近づけては駄目。この言霊と共に王にそう伝えなさい」
「承知しました」

 ジークヴァルトが礼を取ると、シンシアが暖炉の炎に手をかざした。炎は元通りオレンジ色となり、部屋の中に揺れる影を浮かび上がらせた。

< 118 / 167 >

この作品をシェア

pagetop