森の魔女と託宣の誓い -龍の託宣5-
「クリスティーナはどう? 元気にしていて?」
「はい、バルテン領でおしあわせそうに過ごしていらっしゃいました」
「そう……あの娘は無事、宿命の輪から外れられたのね」
子の幸せを願う母のような。それでいて愁いを含んでいるような。そんな遠い目をしてシンシアは言った。
「さぁ、早く済ませないと月が欠け始めるわ。言霊を降ろすから、あなたはそこに座って見ていなさい」
長椅子を指定され、リーゼロッテは言われるがまま腰かけた。となりで丸くなっていた黒猫が、おもむろに膝に乗ってくる。
思わず首元をくすぐると、気持ちよさそうにゴロンとなった。可愛さに声を出しそうになる。だが今は神事の真っ最中だ。指で小さくこちょこちょしつつも、神妙な顔で背筋を伸ばした。
「あなたはこちらに集中して」
猫と戯れるリーゼロッテを見て、ジークヴァルトはしかめ面をしている。そんな姿をシンシアは呆れたように見やった。
「猫でしょう? それくらい我慢なさい」
「ですがあれは雄猫です」
「これだから対の託宣を受けた男は……。残念ながら、託宣の神事は明日までお預けよ。いいから今はこちらに専念なさい」
もう一度暖炉に砂を投げ込むと、青銀の火の粉がいっそう舞い踊った。炎は時に虹色に見え、明滅しては幻想的に爆ぜていく。
「青龍よ、まどろみから目覚め、我が声を聞け。断鎖を背負う青き者、正道を経てここに来たれり。約束の言霊を、今、我が身に降ろすがいい……」
シンシアの手が、水をすくい上げるように掲げられる。風もないのにローブの裾がはためいた。体すべてが光を纏って、白一色に包まれる。
「夢見を継し者……其は陰と陽をその身に併せ持つ者なり……古きは捨て、新たに扉を開くべし」
その口から少女のものでない声が紡がれる。猫をかまうことも忘れて、リーゼロッテはただその姿に魅入られていた。
光が収束し、シンシアは崩れ落ちるように両膝をついた。ジークヴァルトが差し出した手に首を振ると、息をついて再び立ち上がる。
「断鎖を背負う青き者……あなたが呼ばれた理由が分かったわ。詳しいことは今は言えない。だけれど、泉には夢見を継ぐ者以外近づけては駄目。この言霊と共に王にそう伝えなさい」
「承知しました」
ジークヴァルトが礼を取ると、シンシアが暖炉の炎に手をかざした。炎は元通りオレンジ色となり、部屋の中に揺れる影を浮かび上がらせた。
「はい、バルテン領でおしあわせそうに過ごしていらっしゃいました」
「そう……あの娘は無事、宿命の輪から外れられたのね」
子の幸せを願う母のような。それでいて愁いを含んでいるような。そんな遠い目をしてシンシアは言った。
「さぁ、早く済ませないと月が欠け始めるわ。言霊を降ろすから、あなたはそこに座って見ていなさい」
長椅子を指定され、リーゼロッテは言われるがまま腰かけた。となりで丸くなっていた黒猫が、おもむろに膝に乗ってくる。
思わず首元をくすぐると、気持ちよさそうにゴロンとなった。可愛さに声を出しそうになる。だが今は神事の真っ最中だ。指で小さくこちょこちょしつつも、神妙な顔で背筋を伸ばした。
「あなたはこちらに集中して」
猫と戯れるリーゼロッテを見て、ジークヴァルトはしかめ面をしている。そんな姿をシンシアは呆れたように見やった。
「猫でしょう? それくらい我慢なさい」
「ですがあれは雄猫です」
「これだから対の託宣を受けた男は……。残念ながら、託宣の神事は明日までお預けよ。いいから今はこちらに専念なさい」
もう一度暖炉に砂を投げ込むと、青銀の火の粉がいっそう舞い踊った。炎は時に虹色に見え、明滅しては幻想的に爆ぜていく。
「青龍よ、まどろみから目覚め、我が声を聞け。断鎖を背負う青き者、正道を経てここに来たれり。約束の言霊を、今、我が身に降ろすがいい……」
シンシアの手が、水をすくい上げるように掲げられる。風もないのにローブの裾がはためいた。体すべてが光を纏って、白一色に包まれる。
「夢見を継し者……其は陰と陽をその身に併せ持つ者なり……古きは捨て、新たに扉を開くべし」
その口から少女のものでない声が紡がれる。猫をかまうことも忘れて、リーゼロッテはただその姿に魅入られていた。
光が収束し、シンシアは崩れ落ちるように両膝をついた。ジークヴァルトが差し出した手に首を振ると、息をついて再び立ち上がる。
「断鎖を背負う青き者……あなたが呼ばれた理由が分かったわ。詳しいことは今は言えない。だけれど、泉には夢見を継ぐ者以外近づけては駄目。この言霊と共に王にそう伝えなさい」
「承知しました」
ジークヴァルトが礼を取ると、シンシアが暖炉の炎に手をかざした。炎は元通りオレンジ色となり、部屋の中に揺れる影を浮かび上がらせた。