森の魔女と託宣の誓い -龍の託宣5-
      ◇
 身支度を済ませると、ラウラは館から出ていってしまった。ぽつりと取り残された廊下で、意味もなくすーはーと深呼吸をする。
 ラウラの話では、あと数日は吹雪が続くとのことだった。天気が回復するまでは、ここでゆっくり過ごすように。そう言われたものの、この狭い建物にジークヴァルトとふたりきりだ。そのことに妙に緊張している自分がいた。

 暖炉のある居間の扉を静かに叩く。返事がないままそっと開くと、その先のソファには誰も座っていなかった。ジークヴァルトがいないことに変に安堵して、リーゼロッテは気兼ねなく中へと足を踏み入れた。

「ヴぁ、ヴァルト様っ」

 いきなり横から抱き上げられて、上ずった声のままソファへと運ばれた。自分が来るまで、ずっと扉の横で待機していたのだろうか。いや、相当長い時間お風呂に入っていた。そんなはずはないと思いつつ、伺うように声をかけた。

「あの、お待たせして申し訳ありません」
「いい、問題ない」

 昨日と同じ返事をされて、昨日と同じように膝に乗せられた。

「腹は減ってないか?」
「そうですわね……」

 やはり昨日とまんま同じ流れだ。いや、昨日は午後の話で今は朝だから厳密に言えば違うのだろうが、ジークヴァルトの変わらない対応に、リーゼロッテはなんだかほっとした。気負っていた自分が、少しだけ馬鹿らしくなる。

 目の前のテーブルには、今朝もたくさんの料理が並んでいた。夕べのこともあり疲れすぎていて、朝からはそんなに入らなそうだ。でも少しくらいは口にしたい。そう思って視線をさまよわせていると、消化によさそうなものを何品か口元まで運ばれた。

 もういらないかなというタイミングで、ジークヴァルトの手も止まる。やはり心が読まれているのではないだろうか。そんな疑惑がもたげる中、リーゼロッテはフルーツ盛りの中にカットされたビョウを見つけた。
 夕べも目にとまって、でもお腹いっぱいで断念したビョウだ。しかし今も腹八分目だった。これ以上は食べない方がいいと思いつつ、ひとかじりくらいしてみたい欲が湧き上がる。

(でも残すのはよくないわね……)

 日本人のもったいない精神が、お残しは許さないと訴えてくる。ここは諦めようとなった口元に、おもむろにビョウが差し出されてきた。

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