森の魔女と託宣の誓い -龍の託宣5-

第12話 新しい日々

 通された一室で、ディートリンデは早々に自分の夫と息子を追い出した。何をどう話せばいいのだろう。ふたりきりにされたリーゼロッテは、動揺したままソファへと腰を下ろした。

(ヴァルト様のお母様がロッテンマイヤーさんだったなんて……。フーゴお義父様たちも知っていたはずよね。どうして本当のことを教えてくれなかったのかしら)

 旅立つ直前に、夫人の名はアルブレヒツベルガーだと教えてもらったばかりだ。しかし先ほどロッテンマイヤーさんと口に出して呼んでしまった。

 ジークヴァルトの母親は、怒らせると怖い人だと聞いていた。思えばロッテンマイヤーさんも、ものすごく厳しい人だった。一度目の失敗には寛容でも、二度三度と同じことを繰り返すと、震えあがるくらいの剣幕で叱られたことを思い出す。

 そんなとき、向かいに座るディートリンデと目が合った。

「立派な淑女になったわね、リーゼロッテ」
「ディートリンデ様……」

 やさしく目を細められ、怒っていないことに安堵した。よく見なくても綺麗な女性だ。アデライーデがもっと歳を経たら、きっとこんな感じになるのだろう。

「ディートリンデ様がアルブレヒツベルガー夫人だったのですね。わたくし小さくてよく覚えていなくて……」
「あら、言えるようになったの。でもロッテンマイヤーでかまわないのよ」
「えっ!? わたくし、その名を口に出していたのですか?」
「どうしても発音できないから、あなたがそう呼ばせてくれって言ったんじゃない。わたしのあの姿が知り合いの女性に似ていたのでしょう?」
「知り合いと言いますかなんと申しますか……」

 子どものころの自分、恐るべしだ。ロッテンマイヤーさんがアルプスに住む某少女の友人令嬢の教育係だなどと、今さら説明できるはずもない。

「わたしの方こそ黙っていて悪かったわ。ダーミッシュ伯爵に口止めしたのもわたしよ。龍から制限を受けて、あの時わたしにできることは限られていたから……」
「制限を……?」
「龍に目隠しされることは知っているでしょう? 伯爵夫妻は龍の存在を知らないし、あなたは異形の者が視えなくなっていたし」
「視えなくなっていた?」
「ええ、視えていた頃の記憶も含めて、マルグリット様はあなたの力を封印されたから」
「母様が……」

 マルグリットの力は幾度も自分を守ってくれた。いまだこの身をマントのように覆っていて、それを感じるたびに温かい気持ちになるリーゼロッテだ。

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