森の魔女と託宣の誓い -龍の託宣5-
「その言葉に偽りはないんだな! でなければわたしはいつでも彼女を奪い取りに行く!」
「何を今さら! 幾度もあなた様を擁護(ようご)してさしあげたのに」
「そんなことを貴様に頼んだ覚えはない!」
「わたしは自分でなくても良かったんですよ! エラがしあわせになるのなら、彼女があなた様の手を取ったとしてもね! あんなに有利な立場でいながら、勝手に自滅していったのはあなた様自身でしょう!?」
「な――……っ!」

 二の句を告げずに固まったエーミールの顔に、マテアスの拳がめり込んだ。一瞬遅れたエーミールの拳も、マテアスの頬にヒットする。
 クロスカウンターが決まったまま、ふたりはへろへろとその場にへたり込んだ。抱き合うように互いを支え、膝がついた段階で突き飛ばすように地面に転がった。

 大の字に背を預けて、上がった息でこれ以上言葉も出てこない。腫れあがった顔面には血と汗がにじみ、双方目も当てられないありさまだ。

 そんな中、先に立ち上がったのはマテアスだった。脇に避けていた上着をすくい上げ、エーミールに背を向ける。

「これで気はお済みになられましたか? 今後一切、エラにおかしなちょっかいは出さないでいただきますからね」

 それだけ言い残すと、マテアスはこの場を立ち去っていく。広い訓練場でひとりあお向けたまま、エーミールはそれを黙って見送った。

 ――過ぎてしまったことは、もう元には戻らない

 ポケットから、ぐしゃぐしゃになった包みを取り出した。まるで自分の人生のようだ。中身は高価な装飾だとしても、張りぼてはこんなにもズタボロだ。
 無造作に、エーミールは包みごと遠くに放り投げた。それなりに値が張ったものだったが、もうなんの価値もない。

 日が傾き、下からゆっくりと空が赤く染まっていく。男としての誇りだけは、せめて失いたくはなかった。

(次に会うときは、エラの目を見て話そう)

 流れるあかね雲を見上げ、胸に誓う。


 この矜持(きょうじ)にかけて余裕の笑顔でいよう。祝いの言葉をきちんと伝えられるように。

 心から、彼女のしあわせを願えるように――






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