森の魔女と託宣の誓い -龍の託宣5-
     ◇
 ロミルダの声掛けに目を覚まし、気だるげな体を起こす。ぼんやりと見回すと、知らない部屋の壁紙が目に映った。

「エラ様……? 入ってもよろしいですか?」
「え、あ、はいっ、いえ、ちょっと待って!」

 素っ裸のままでいたことに気づき、慌てて服を手に取った。しわを伸ばしてふんわりと置かれていたドレスに、マテアスの気遣いが見て取れる。
 見ると朝も遅い時刻だ。とっくにリーゼロッテの朝食も終わっている時間に、エラは顔を青ざめさせた。

「そんなに慌てなくても大丈夫でございますよ。リーゼロッテ様ならきちんとお世話させていただいておりますから」
「あの、ロミルダ。わたしはもう貴族ではないので、敬語は必要ないです。それにわたしはマテアスの……」
「ああ、そうだったわね。こんな可愛い娘ができて、わたしも本当にうれしいわ」
「はい、その、ロミルダ、これからもよろしくお願いします」

 初夜の乱れた寝所を義母に整えさせるわけにはいかない。エラは慌てて(きし)む体で動き出した。

「今日は体がつらいでしょう? いいからわたしに任せなさい。まったくマテアスときたら、昔からこうと決めたら行動が早いものだから……。そのくせ下準備が完璧に整わないと、眠れないくらいに落ち着かなくなったりするのよ。これからいろいろと苦労すると思うけど、何かあったら遠慮なく言ってちょうだいね」
「はい、ありがとうございます。それでマテアスは一体どこに……?」
「今朝早くに王都へ出かけていったわ。良く寝てるから起こさないでくれって言われていたの。よっぽどあなたと結ばれたのがうれしかったのね。あんなに締まりのない息子を見るのは本当に久しぶりよ」

 ロミルダの言葉に夕べの記憶がよみがえる。初めてのエラに、マテアスは本当に気を遣ってくれたようだ。時間をかけて身も心もほぐされて、聞いていたほど痛い思いをすることはなかった。
 夫婦の(ちぎ)りは想像の範囲内の行為ではあったが、確かに知識だけでは知り得ないこともたくさんあった。

「もっとちゃんと夫婦にならないと……」

 リーゼロッテに助言できるくらいには、経験を積み重ねる必要がある。それに侍女としての役割も、今まで通りきちんとこなしていかなくてはならなかった。

 思い描いていた人生設計とは、すべてが真逆になってしまった。だが後悔は微塵(みじん)も感じていない。


 晴れやかな気分の中で、エラの結婚生活が新たに始まったのだった。





< 40 / 167 >

この作品をシェア

pagetop