【書籍化決定】身体だけの関係だったはずの騎士団長に、こっそり産んだ双子ごと愛されています
「ひっ、騎士団長!」

「す、すいません! すぐに持ち場に戻りますっ!」 

 蜘蛛の子を散らすように、騎士たちはあっという間にライザのまわりからいなくなる。

 それを確認して、イグナートは深いため息をついた。眉間に皺を寄せた不機嫌そうな顔をしていて、せっかくの顔が台無しだ。

「部下がご迷惑をおかけしました」

「……いえ、ありがとうございます。助かりました。薬品庫に行きますので、失礼します」

 ぺこりと頭を下げて、ライザは逃げるようにその場を後にしようとした。

「癒し手殿」

 歩き出した瞬間に声をかけられて、ライザはぴくりと肩を震わせた。無表情を保つよう意識しながら振り返ると、イグナートが小さな魔石を手に近づいてきた。

「これを、落としましたよ」

「あ……ありがとうございます」

 それはライザの落とし物ではないが、彼はライザの手に魔石を握らせると、さりげなく耳元に唇を寄せた。

「今夜、家に行ってもいいかな。少し遅くなると思うけど」

 微かに耳を掠めた吐息に、鼓動が速くなるのが分かった。落ち着けと心の中で言い聞かせて、ライザは小さく息を吐いた。そして表情を変えず視線も前に向けると、ほとんど口を動かさずに返事をした。

「ええ、構いません」

「よかった。じゃあまた、夜に」

 笑みを含んだ声で囁いて、イグナートが離れていく。

 もし誰かが見ていたとしても、二人がこっそり会話を交わしたことに気づく者はいないだろう。

 ライザは軽く会釈をして、イグナートに背を向けると台車を押して歩き出す。うしろからじっと見つめられている視線を感じるが、決して振り返ることはない。

 角を曲がってイグナートの姿が見えなくなってから、ライザはようやく肩の力を抜いて止めていた息を吐き出した。強く握りしめていた魔石は、体温でぬるくなってしまっている。

 若葉のような緑色から海のような深い青に変わるグラデーションが美しい魔石は、そこそこ貴重なものだ。ライザに話しかけるきっかけを作るために渡すものとしては高価すぎる。

 あとで返却しなければと考えて、ライザはそれをポケットにしっかりとしまい込んだ。

 

 騎士団長のイグナートとライザは、誰にも言えない秘密の関係を持っている。

 仕事中はお互い距離を保っているけれど、二人は週に数度は夜を共にする仲だ。いわゆる、セフレというやつだとライザは考えている。

 医療院の近くで一人暮らしをしているライザの部屋に、仕事終わりのイグナートが時々訪ねてくる。一緒に食事をしたあとは、彼に抱かれるのがいつもの流れだ。朝になるとイグナートは何事もなかったような顔をして王城へ向かい、ライザも反対方向にある医療院へと向かう。王城で出会ったとしても、お互い事務的な会話しか交わさない。

 優秀な騎士団長として知られるイグナートは、リガロフ伯爵家の跡取りでもある。将来有望な上に整った顔立ちをしたイグナートは、非常に女性人気が高い。二十代も後半になるが未だ婚約者はおらず、きっとライザのような女性を何人も相手にして適当に遊んでいるのだと思う。

 ライザは一応アントノーヴァ伯爵家の娘ではあるものの、家ではほとんどいないものとして扱われている。

 母親が生きていた頃は一人娘としてそれなりに可愛がってもらった記憶はある。だが十歳になる頃に母が亡くなり、その後父が迎えた後妻との間に弟のグラシムが生まれてからは、ライザの居場所はなくなった。

 特に酷く虐げられたわけではないし悪い人たちではないと思うのだが、どこに行くでも何をするでも親子三人で、ライザは放置された。ライザの方から家族に歩み寄らなかったのも、悪かったのかもしれないけれど。

 だからライザは二十歳の成人を機に家を出て、王都で一人暮らしをしている。昔から身の回りのことは自分でこなしていたから、特に困ることもない。貴族令嬢としては行き遅れと呼ばれる年齢だが、仕事は充実しているし結婚願望もないから、このままひとりで生きていくと決めている。

 そんなライザだからこそ、イグナートにとっては都合のいい女なのだと思う。家のしがらみもないし、あと腐れなく遊ぶには最適なのだと。 
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