【4/24書籍発売】身体だけの関係だったはずの騎士団長に、こっそり産んだ双子ごと愛されています
翌日、ライザは双子を連れてタマラの知人がやっている診療所を訪ねた。
紅熱病の予防薬は、二人分を処方してもらっても治療薬一人分の金額にも満たない。病気にかかることを考えると、かなり金銭的負担も軽減されるので、このまま予防薬が広まればいいなと思う。
苦みのあるシロップ状の薬に双子は少しぐずったが、頑張ったご褒美にと砂糖菓子を口に入れてやれば、あっという間に機嫌を直した。
天気のいい日なので、公園で早めの昼食を食べてから帰ろうということになり、ライザは買い出しに行くことにした。屋台で子供たちの食べられそうなものを購入して戻ろうとした時、うしろに並んでいた女性があら、と声をあげた。
「人違いだったらごめんなさいね。あの、もしかして……ライザ?」
「えっ」
跳ねた鼓動に動揺しつつ振り返ると、そこにいたのはかつての同僚、アナスタシアだった。男爵令嬢である彼女だが、街歩きが趣味だと言っていたことを今更思い出す。
目が合うと、アナスタシアは確信したように笑顔になった。
「やっぱり! 久しぶりね、覚えてる? 一緒に仕事をしていた、アナスタシアよ」
「え……えぇ、もちろん。久しぶりね、アナスタシア」
「こんなところで会えるなんて! 引っ越して療養するって言ってたけど、元気そうでよかったわ。またこちらに戻ってくるの?」
「あ……今は別のところで暮らしているから。今日はちょっと用事で来ただけなの」
あれこれ詮索されたくないので、言葉を濁してライザは説明する。そして周囲を見回して知った顔がいないことを確認すると、彼女の耳元に唇を寄せた。
「あのね、ここで私と会ったことは誰にも言わないでほしいの。ほら……私、色々あって家を出てるから」
「あぁ、そうなのね。アントノーヴァ伯爵夫妻とは夜会でも時々ご一緒するけど、ライザの話題は一切出されないの。だから、きっと連絡を取っていないんじゃないかとは思っていたのよ」
納得したように、アナスタシアもうなずく。ライザがいない子扱いされていることは彼女にも話したことがあるので、ライザが家と距離を置いていることは理解してくれたようだ。
「下手に居場所を知られて連れ戻されたりしたら、面倒だものね。分かったわ、ここであなたに会ったことは秘密にする」
「ありがとう、アナスタシア」
「でも、連絡先だけは教えてよ。ライザだって、ご実家の状況は把握しておきたいでしょう? わたしが、定期的に連絡するというのはどうかしら」
「でも……そんな、悪いわ」
「貴族社会がめんどくさいものだというのは、よく分かってるでしょう。情報を掴んでおくというのは大事よ」
アナスタシアの言葉に、ライザはしばし考え込む。確かに、今はライザの行方など全く気にしていない両親だが、なにかのきっかけで探し始めるかもしれない。――たとえば、政略結婚の駒として使うためとか。
「そう、ね。じゃあ、お願いしてもいいかしら」
ライザの言葉に、アナスタシアは大きくうなずいた。彼女の持っていた手帳に住所と偽名である『ライザ・ノヴァ』の名前を書き記すと、アナスタシアは小さく笑った。
「いい名前だわ。ご実家と離れて自由になれたのね。今、幸せ?」
「えぇ、とても幸せよ」
噛みしめるようにライザは答えた。彼女にも子供の存在を知らせるつもりはないが、今の生活が幸せであることは自信を持って言える。
「それならよかったわ。なにか困ったことがあれば、いつでも相談してね。力になるわ」
「ありがとう、アナスタシア。なんとお礼を言っていいか……」
優しい元同僚の気遣いに感謝しながら、ライザはアナスタシアの手を握った。
「図々しいお願いなのは承知の上なんだけど、この住所も名前も、誰にも知られないようにしてほしいの。ほら、どこから両親に伝わるか分からないでしょう」
「もちろんよ。手紙を出す時も細心の注意を払うわ。あぁでも、そういえば先日騎士団長の――」
アナスタシアがなにかを言いかけた時、どこかから馬のいななく声が聞こえた。
こんな街中で? と二人で顔を見合わせていると、どうやら騎士が窃盗犯を追ってこのあたりにやってきたことが分かった。すでに犯人は捕まったようだが、それよりもライザは騎士と顔を合わせたくない。数年前に働いていた癒し手の顔など誰も覚えていないだろうとは思うが、万が一ということもある。
「ごめんなさい、アナスタシア。私、もう行くわ。あまり人の多い場所にいたくないの」
「あぁ、そうね。気をつけて。また手紙を書くわ」
アナスタシアに小さく手を振って、ライザは騎士に会わないよう気をつけながら人の少ない方へと歩き出す。
帽子を目深にかぶり直し、早く子供たちの元に戻らねばと足を速めた瞬間、背後から懐かしい声に名前を呼ばれた。