【書籍化決定】身体だけの関係だったはずの騎士団長に、こっそり産んだ双子ごと愛されています
 翌日、アーラとパーヴェルは迎えに来たジョレスに連れられて、隣の家に遊びに行った。部屋の窓から隣家の庭がよく見えるので、子供たちが楽しそうに遊ぶ様子も確認することができる。

 ライザはお茶を淹れると、タマラと向かい合って座った。

「あのね、無理に話さなくてもいいのよ。どんな事情があっても、あなたたちが大切な人であることに変わりはないわ」

 話し始める前に、タマラがそう言った。だが、ライザはゆっくりと首を横に振った。

「いずれ、話さなければならないと思っていたんです。まさか、あそこで会うなんて思ってもみなかったけど……」

 テーブルの上で握りしめた手をじっと見つめ、ライザはごくりと唾を飲み込む。

「あの人は、アーラとパーヴェルの父親です」

「……そうね、双子たちにとてもよく似ていたわ」

「でも、もう二度と彼に会う気はなかったんです。妊娠が分かった時、すでに彼とは別れていましたから」

「子供なんて要らないって言われると思ったの?」

 何故かタマラの声は少しの不機嫌さをはらんでいる。そのことを不思議に思いつつ、ライザは首を横に振った。

「もともと将来を約束していた仲でもなかったし、子供ができたと分かれば彼を困らせるに違いなかったので」

「困るなんて……。父親である以上、責任は取らせるべきだわ。死別だとか連絡がつかないなら仕方ないけど、養育費を支払う義務があの人にはあるのよ」

「いえ、別にお金には困っていないので……」

「お金はいくらあっても困らないんだから、ちゃんと養育費はもらわなくちゃ。子供が産まれたということは、責任の半分は相手の男にもあるのよ。話をするのが怖いなら、わたしが間に入ってもいいわよ」

 強い口調でそう言うタマラに、ライザは慌てて手を振った。

「こ、怖いとかはないですけど……迷惑かけられないし」

「ライザちゃんがそんなに萎縮するなんて……。綺麗な顔立ちはしていたけど、あの人は騎士でしょう。もしかして、日常的に暴力を振るわれていたんじゃないの?」

「そ、そんなことはないです!」

 ライザは思わず立ち上がって大きな声で否定した。確かにイグナートは険しい表情を浮かべがちだが、理由もなく人に暴力を振るう人ではない。むしろ、人々を守るために日々鍛錬をしている人なのだ。

 どうやらタマラが不機嫌そうに見えたのは、ライザがイグナートの暴力に怯えていると勘違いしていたからのようだ。確かに腕を掴まれていたし、そう見えても仕方がない。

「あの人は……その、貴族なので。婚外子の存在が公になれば、色々と問題があるんです」

「そんなこと、関係ないわ。責任を負わず快楽だけを得ようなんて虫のいい話を許してはだめよ。むしろ貴族なら、お金はたくさん持っているはずだわ」

 タマラは鼻息荒くそう言って腕を組む。産科の医師をしていた時に、弄ばれて捨てられた女性をたくさん見てきたため、彼女は不誠実な男性を許せなく思っているのだという。

 タマラからすれば、イグナートはライザを弄んで捨てたように見えるのかもしれない。

 セフレだったと説明するのも恥ずかしくて、ライザは口ごもる。それを見たタマラは困ったようにため息をついて、ライザを見た。

「それに、ライザちゃんも貴族でしょう。お互いにどんな事情があったのかは知らないけど、貴族だからといって、子供の責任を放棄していい理由にはならないわ」

「え……あの、知ってたんですか」

 出自を言い当てられて、ライザは目を瞬く。タマラは、申し訳なさそうに眉尻を下げてうなずいた。

「出会った時から、そうじゃないかなとは思っていたのよ。言葉遣いや所作がどう見ても平民には見えなかったもの。なにか事情があることは分かったから、黙っていたけど」

「う……、あまり貴族らしい生活はしてこなかったから、大丈夫だと思ったんですけど……」

 平民社会に馴染めているつもりでいたライザは、恥ずかしさに身悶えしたくなりながら、自分がアントノーヴァ伯爵家の出身であることを明かした。そして、家族との関係が悪く、成人を機に家を出たことも説明する。

「家には全く連絡をしていないの?」

「そうですね。一人暮らしを始めてすぐの頃、一度だけ私物を取りに家に戻ったことがあるんです。でも、すでに私の部屋はなくなっていました。家族にも何しに帰ってきたんだって言われてしまったので、私の居場所はもうここにはないんだと理解しました」

「そんなことが……」

「だからもう、実家とは関わらずに生きていこうって決めたんです。家は異母弟が継ぐでしょうし、私のことは死んだと思ってくれればいいかなって」 

「ということは、ご両親も子供たちのことを知らないのね」

 痛ましげな表情でうなずきつつ、タマラは顎に手を当てて考え込んだ。 

「ご実家とのことは、また別で考える必要があるとは思うけど、まずは子供たちの父親と話をすべきよ」

「やっぱり、なかったことにはできないですよね……」

 できればこのまま逃げていたいが、双子の存在を知ったイグナートが黙っているかどうかは分からない。

 渋い顔をするライザを見て、タマラもうなずいた。 

「やっぱり、跡継ぎの問題が出てくるでしょう。もう関わりたくないというのなら、養育費や後継者としての立場を放棄する代わりに、お互いに二度と接触しないと念書を交わした方がいいかもしれないわね。手切れ金も、もらうべきだとは思うけど」

「そうですね……。特にパーヴェルは男の子だから、養子にと言われる可能性も考えられるし……」

 顎に手を当ててライザは唸る。

 イグナートはリガロフ伯爵家の嫡男で、跡継ぎを求められる立場なのだ。娘に家督を継がせる家も増えてきてはいるが、やはり息子を求める家は多い。本妻との子ではなく、愛人の子が産んだ男児を後継に指名するといった話も、貴族社会ではよく耳にする。

 イグナートがそういうことをする人だとは思いたくないが、パーヴェルだけ奪われるなんてことがあるかもしれない。

 恐ろしい未来を予想して身震いしたライザの手を握って、タマラは安心させるように笑いかけた。

「冷静に話ができないかもしれないから、二人きりで会うのはやめておいたほうがいいわね。ライザちゃんさえよかったら、わたしが同席するわ。あなたはわたしの娘みたいなものなんだから」

「ありがとうございます、タマラさん」

「ライザちゃんと子供たちの幸せのために、頑張りましょうね」

 隣人の心強い言葉に、ライザはうなずいた。
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