【書籍化決定】身体だけの関係だったはずの騎士団長に、こっそり産んだ双子ごと愛されています
「仕事を辞めて引っ越したのは、子供ができたからか」

「……そうね。あなたに迷惑がかかるかもしれないとは思ったけど、堕胎は考えられなかったの。子供のことは実家にも伝えていないし、あなたに知らせるつもりもなかった。これから先も、一人で育てていくつもりよ」

 ライザの言葉に、イグナートがテーブルの上に置いた両手を強く握りしめるのが見えた。

「どうして……。俺を、父親だと認めてくれないのか」

「だって、あなたはリガロフ伯爵家を継ぐ立場だもの。それに……結婚するんでしょう」

 震える声で、ライザは問う。彼の口から聖女との結婚を聞いてしまったら、もう二度と笑えないかもしれない。だけど、涙だけは決して見せるものかと唇を強く噛みしめた。

 だが、イグナートはきょとんとした表情で首をかしげた。

「結婚……って、俺とライザが?」

「どうしてそうなるの。ヴェーラ様とに決まってるじゃない。浄化の旅で二人の距離が縮まったって新聞にも書いてあったわ」

「え? そんなデマを新聞が? ヴェーラ様との仲が深まったのは、俺とじゃない。もともと専属で護衛を務めていた人だぞ。結婚相手も、その人だし」

 イグナートが口にした名前は、確かにライザも聞き覚えがある。ヴェーラの護衛として常にそばにいた、寡黙な騎士だ。

 混乱しつつ、ライザはイグナートを見た。

「ほ、本当に……? イグナートはヴェーラ様と結婚するのでは、ないの?」

「ありえないな。ヴェーラ様はもともと俺の顔にしか興味がなかったし、一緒に旅をしたら気の利かなさに幻滅したらしいぞ。『あなたは観賞用ね』なんてありがたい言葉までいただいた」

 それを聞いて、ホッとして全身の力が抜ける。思わず、深いため息をついてしまった。

「聖女様だから、もっとちやほやされると思っていたんだろうが、俺の仕事は聖女の身の安全の確保であって、彼女を褒めたたえることではない。最初のうちは不満そうにしていたが、仕事はしっかりとこなしてくれて助かった」

「そういえば、浄化の旅はいつもより随分早く終わったと聞いたわ。きっとヴェーラ様や、そして護衛のイグナートたちの頑張りのおかげね」

「あぁ、一刻も早く終わらせて帰りたかったからな。……ライザが待ってると思っていたから」

 少し翳った声に、ライザは言葉に詰まる。最後の日、イグナートを待つと確かに言ったが、あれは彼を前向きに送り出すための言葉だったはずなのに。

「だって、私……あなたを待っていられるような立場じゃないもの。アントノーヴァの家で私がどんな扱いをされているか、知っているでしょう。伯爵家なんて名ばかりの私とあなたは、釣り合わない」

「そんなこと、俺は気にしない。戻ってきて真っ先に会いに行ったら、家には別の人が住んでいるし、仕事も辞めたって言われてどれほど驚いたか……。そうだ、体調が優れなくて転地療養のために辞めたと聞いたが、もう大丈夫なのか」

「えっと、あの……それはほら、悪阻で」

「あ……」

 言葉に詰まったイグナートに、ライザは眉尻を下げて笑ってみせる。

「いつも飲んでいた避妊薬を、あの時うっかり飲み忘れてしまったの。あのまま仕事を続けていたら、父親は誰だって聞かれることは間違いなかったし、親に知られるのも避けたくて。だから、体調不良を理由に仕事を辞めて引っ越したの。この前、偶然会うことがなければ、一生あなたに連絡を取るつもりはなかったわ」

「俺は、知りたかった。全部、教えてほしかった」

「教えられるはず、ないでしょう……」

 不意に目頭が熱くなって、ライザはうつむいた。子供ができたことをイグナートに伝えたところで、二人の関係が変わったとは思えない。むしろ今、わざわざこんなところまでイグナートが訪ねてきていることが不思議なくらいなのだ。

「大変な時にそばにいられなかったことは、本当に申し訳なく思ってる。でも、これからはあの子たちの父親として、ライザと一緒に過ごすことを許してはもらえないか」

 椅子から立ち上がったイグナートは、ライザに向かって深く頭を下げた。彼が責任感の強い人であることは分かっているが、子供の人生を背負わせるつもりはない。

 ライザは慌ててイグナートに顔を上げるよう促したが、彼は動こうとしない。

「ねぇ、頭を上げて。私は、あなたに責任を負わせるつもりはないわ。なんだかんだで親子三人、楽しく暮らしているの。お隣さんも子供たちを可愛がってくれているし、あなたが心配することはないわ。養育費だって必要ないから」

「そんな……俺を父親だと認めてくれないのか? この数年で、心変わりしてしまったのか?」

「心変わりって……」

 困惑してライザは言葉に詰まる。未だにイグナートへの想いを捨てきれずにいることは確かだが、それを認めるわけにはいかない。もしかして彼は、再び身体の関係を求めるためにここまで来たのだろうか。

 ありえないと思いつつも、思考はどんどん嫌な方へと流れていく。
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