【書籍化決定】身体だけの関係だったはずの騎士団長に、こっそり産んだ双子ごと愛されています
「そうそう、それから、ライザに伝えなくちゃならないと思っていたことがあるのよ」

 ソファに戻り、あらためてお茶を飲み始めたタイミングで、アナスタシアが切り出した。少し浮かないその表情から、あまりいい話ではなさそうだ。

「何かしら」

「せっかく今が幸せだというライザに水を差すようで申し訳ないんだけど……。実は先日、夜会でアントノーヴァ伯爵がライザのことを話題に出してらっしゃるのを耳にしたのよ」

「私を?」

 思いがけない内容に、ライザも目を丸くする。アントノーヴァ伯爵はライザの父だが、娘のことなんてすっかり忘れていると思っていたのだが。

「コヴァレー男爵って、ライザは知らないかしら。コヴァレー商会を立ち上げた方なんだけど」

「以前に暮らしていた町にもコヴァレー商会から仕入れている店があったから、名前くらいは知っているわ。その方がどうしたの?」

 アナスタシアは言い淀むように視線をさまよわせ、やがてライザを見つめた。

「大分お年を召した方なんだけどね、女性を侍らせるのがお好きな方なの。それで、コヴァレー男爵とアントノーヴァ伯爵が談笑されている際にライザの名前が出ていたのよ。癒し手としてお仕事をしていることも話題にされていて、男爵も興味を持たれたように見えたから。なんというか、最近のアントノーヴァ伯爵家は……少し経済的に苦しい状況にあるみたいなの。もともと夫人は一度着たドレスは二度と着ないと公言されるほどの方でしょう。それに加えて、ご子息の学費がかさんでいるみたいで」

 言葉を選ぶようなアナスタシアの言葉に、ライザは顔をしかめつつうなずいた。

 ライザが家にいた頃から、後妻である義母は金遣いの荒い人だった。そして一人息子を溺愛していたのも知っている。

 異母弟であるグラシムはライザの十歳ほど年下なので、今は貴族学校に通っているはずだ。どうやら学業の成績があまりよくないようで、なんとか成績を上げようと家庭教師を多数雇っているらしい。

「……つまり、私をコヴァレー男爵に差し出して、金銭的な見返りを得ようと考えているということかしら」

「断言はできないわ。でも、その可能性はあると思うの。だから、一応お知らせしておこうと思って」

「ありがとう、助かるわ」

 近いうちに実家を訪問し、結婚の報告をするつもりだったが、ややこしいことになりそうで憂鬱だ。イグナートにも報告しておかねばと、ライザは頭の隅にメモしておく。

「まだそうと決まったわけではないけど……。今までずっと放っておいたくせに、都合のいい時だけ利用しようとするなんて、ありえないわ。イグナート様が守ってくださると思うけど、ライザもしっかりね」

 まるで自分のことのように怒ってくれるアナスタシアの気持ちが嬉しい。やがて彼女は気持ちを切り替えるようにふうっと息を吐くと、明るい表情になってライザの顔をのぞき込んだ。

「さて、難しい話はこれでおしまい。わたし、二人の馴れ初めを、もっと詳しく聞きたいわ。イグナート様がライザを見つけ出した時の感動的な再会についてもね」

「えっ……」

 にんまりと笑ったアナスタシアは、ライザの手をがっしりと掴む。全部話すまで離さないという強い意志を感じて、ライザも逃げられないなと苦笑した。

「そんなに興味を持ってもらえるような話でもないと思うけど……」

「秘密の恋人だった二人が突然別れることになり、数年後に運命的な再会をするなんて、まるで恋愛小説みたいでドキドキしちゃうわ。だから、全部聞かせてもらうわよ」

 身を乗り出すアナスタシアは目をきらきらと輝かせている。

 彼女の質問攻めに負けて、結局ライザはイグナートとのことをあれこれ話すことになったのだった。


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