だから愛は嫌だ~虐げられた令嬢が訳あり英雄王子と偽装婚約して幸せになるまで~

25 俺の婚約者【ライオネルSide】

【ご連絡】
23話と24話の間に、【ロバートSide】の話を追加しています。ややこして、すみません…!
未読の方は、よければどうぞ♪

***


 ディアナから届いた手紙を受け取ったライオネルは、深く息を吐いた。

 テーブルを挟み、ライオネルの向かいのソファーに座っていた王太子である兄が「ライオネル、どうしたんだ?」と眉をひそめる。

「婚約者からの手紙だと言っていたな? 問題が起こったのか?」と真剣な表情をする兄を、ライオネルは片手で制した。

「問題は起こっていない。ただ、俺の婚約者が……」

 その先を口にするかどうか一瞬だけ悩んだが、他の言葉が思いつかない。

「その、可愛すぎるだけだ」
「そんなに怖い顔で言われてもねぇ」

 兄が目に見えて、安堵したのが分かる。

 ライオネルは、「俺達の顔のつくりは、ほぼ同じだ」と言いつつ、いつも穏やかな笑みを浮かべている兄と、無表情の自分では、周囲に与える印象がまったく違うことは分かっていた。

 さらに仮面をつけているという不気味さから、社交界で怖がられていることも理解している。しかし、今さらどうこうしようとは思っていない。

(戦場で一番不要なものは、感情だからな)

 指揮官であるライオネルが、感情に揺さぶられて動揺する姿は決して部下達に見せてはいけないものだった。

 せめて仮面を外して社交界に出ることができれば、少しは変わったかもしれない。しかし、優しい兄を守るためにも、この仮面を外すことはできない。

(こんな状態で、婚約者を探すなど不可能だと思っていたが……)

 ライオネルは、奇跡的にディアナに出会った。

 戦場から戻り始めて参加した夜会は、今までの環境と違いすぎて、まるで別世界にでも紛れ込んでしまったかのようだった。

 そこには、砂埃が立っていなければ、血の匂いもしない。敵兵に見つからないように息を潜める必要もなければ、硬い干し肉を噛みちぎる必要もない。

 そして、傷ついた兵士達のうめき声の代わりに、着飾った人々の談笑が聞こえてくる。

 夜会では王太子に挨拶をしに来た貴族達に、兄は第二王子である戦の英雄としてライオネルを紹介した。

 人々は口々に賞賛したが、誰一人として視線が合わなかった。

 声が震えている者までいる。父と一緒に挨拶をしに来ていた令嬢には「ひっ」と小さく悲鳴まで上げられてしまった。

(俺が声をかけたら、気を失いそうだな)

 ため息をついていると、見慣れた顔をした令嬢を見つけた。見慣れたといっても、知り合いではない。

(あの顔は、必死に痛みをこらえている顔だ)

 隣にいる銀髪の男は婚約者なのだろう。しかし、令嬢の痛みには気がついていないようだ。

 王太子に挨拶をしたかと思えば、銀髪の男は長々と話し出した。その横で、令嬢の顔がどんどん痛みで歪んでいく。

 我慢の限界がきたのか、ふらついた令嬢を、ライオネルは無意識に抱き止めていた。その瞬間に、嗅ぎ慣れた血の臭いがした。

 ライオネルが「どこが痛むんだ?」と尋ねても、令嬢は首を振るだけ。「失礼」と声をかけてから、髪をかき分けると予想通り出血していた。

 血を流しているのに「痛い」とも「助けて」とも言わない我慢強さに呆れてしまうと同時に、社交界という別世界の中で、戦友に会ったような気もした。

(俺は戦場で戦っていたが、彼女もこの場で戦っているのだな。そうか、戦うのは戦場だけではないのか)

 その瞬間、目の前に広がっていた世界の違和感が、薄れていくのが分かった。

(ディアナ嬢に会わなければ、俺の心は今も戦場に取り残されていたかもしれない)

 ライオネルは、思い出すことをやめて、目の前の現実に意識を向けた。向かいのソファーでは、兄が笑っている。

「我が弟に素敵な出会いがあって、心の底から良かったと思っているよ。おかげで敵国の姫とおまえを結婚させずに済むからね。私もディアナ嬢には感謝している」

「ディアナ嬢と出会えたのは奇跡だ。彼女以外との婚約なんてありえない。早く正式に婚約発表をしたい」

 無事にロバートとディアナの婚約を解消できた。ディアナの父であるバデリー伯爵は、この婚約を認めてくれているが、この国の貴族が正式に婚約するには国王陛下の許可が必要だった。

 ライオネルは、自身の手を握りしめた。

「父上は……。国王陛下は、ディアナ嬢と俺の婚約を許可してくださるだろうか? 俺と敗戦国の姫を無理やり結婚させようとするくらいには、今も恨まれているようだ」

 兄の瞳に冷酷な色が浮かぶ。

「心配しなくていい。あの男には、もうそろそろ引退してもらうつもりだ」
「兄さん。危ないことだけはしないでくれ」

 フッと笑った後で、兄は「我が弟は、七年も戦場で危ない目に遭っていたのに?」と悔しさを滲ませる。

「誰かがやらなければいけないことだった。それが第二王子である俺の役目だっただけだ。それに、兄さんのほうが頭がいい。俺は体を動かしているほうが気が楽だから適材適所だ」

「まったく……。図体がでかくなっても、おまえは可愛い弟のままだな」

 苦笑する兄を見て、ライオネルは、ふとディアナの言葉を思い出した。

「そういえば、ディアナ嬢も俺を可愛いと言ったんだ」

 あのときは、とても驚いた。

「彼女は不思議だ。そう、どこか兄さんに似ている」
「私に?」

 兄は、何かを考えるように腕を組んだ。

「そういえば、彼女、夜会で頭をケガしていたね?」
「ぶつけたと言っていた」
「なるほど……。彼女に会う日が楽しみだ」
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