縁結びの神様、恋を知る
同居生活が始まった翌日。
私は今、台所の入口で立ち入り禁止を食らっている。
扉には『天音、これより先、立ち入ることを禁じる』と書かれた紙が貼られていた。
そして、入口に立ち塞がっているのは腕を組んだ紗霧様。
「い、良いじゃん!私、もう大丈夫だって!」
「前にもそう言って、油に水を入れて家を吹き飛ばしたのは誰だ」
「……はい、私です」
完全に前科持ち扱い。
言い返せないのが悔しい。
「天音たん、可哀想〜」
ゴロゴロしながらお菓子を食べている康親様が口を挟む。
「台所出禁とか。僕だったら心折れる〜」
「お前もだ。二度と台所に入るな」
「えっ!?何で僕まで!?」
「昨日、卵焼きに砂糖一袋入れただろう」
「だって“甘い方が美味しい”って天音たんが言ってた!」
「私は“ほんの少し”って言ったの!!」
「紗霧、立ち入り禁止令は正しい判断だと思う」
翡翠様はお茶を飲みながら静かに言った。
「でも、ちょっとくらい手伝わせてあげたら〜?」
「馬鹿か」
ニヨニヨしている康親様のつむじに、紗霧様が逆手に持った扇子で打撃を入れる。
ドゴッと鈍い音がした。痛そう……。
「天音が包丁を握れば怪我するだろ」
「だからって立ち入り禁止って……鬼じゃん」
「鬼で結構」
ピシャリと言い切った。
それから五日間。私が台所出禁になった以外は、至って平和だ。
「天音ー!おはよ〜」
「おはよ〜」
朝、下駄箱に駆け込んだら遅刻ギリギリ仲間の真央に声をかけられた。
彼女は階段を登りながら風で乱れた前髪とリボンをササッと直す。
うちの学校は比較的制服のアレンジが自由なので、真央は学校指定のシャツにオシャレブランドのベストを羽織っており、めっちゃ可愛い!
ちなみに私は、入学の時に買ったまんまの指定シャツに海棠色のパーカー。
ポケットの中には手のひらサイズの狐の神使。昨日、紗霧様から「持って行け」と渡された。
紗霧様達が自身の神力を込めて作った意思のある神使らしい。
見た目はぬいぐるみなので、見られても大丈夫だと思うんだけど…私達の正体がバレたら面倒なので、念の為隠しておく。
「あれ?何か騒がしくない?」
真央に言われて、私は眉をひそめた。
「本当だね」
私達の教室に人が集まっている……というか、たかっている。
キャアキャアと黄色い歓声まで響いて、まるでライブ会場みたいな盛り上がりだ。
「ねぇねぇ、何があったの?」
押し合う人の中、真央が手近な生徒に聞いてくれた。
「転校生が来るんだって!」
「しかもめっちゃビジュが良いの!!」
振り向いた生徒達の目は興奮していて目がキラッキラ。
(転校生…?)
この中途半端な時期に転校って、どうしたんだろう?
両親の転勤とかかな?…何か大変な事情がありそうだ。
とりあえず、わんさか集まる人を掻き分けて教室に入って、何とか自分の机に座ることができた。
近付くことすら難しそうな人垣に、私は背を向ける。
―――チャイムが鳴った。
ガラッ、と勢いよくドアが開く音がして、教室全体のざわめきが一瞬で止まる。
「はーい、席ついてー。今日からこのクラスに転入してくる生徒を紹介します」
担任の先生がいつもよりちょっとテンション高めに笑っている。
「じゃあ、前に立って〜」
先生がそう言うと、後ろの席がガタッと音がして、誰かが歩いてくる。
その姿を見た瞬間、心臓が止まりかけた。
(嘘でしょ…?)
「康親でーす!よろしくね☆」
にこっと笑って、教室内の空気が一瞬で和む。
(何でぇぇぇぇぇっ!?!?!?!?)
頭の中で警報が鳴り響いた。
教室内には女子達の悲鳴みたいな歓声が一斉に上がった。
「イケメンだよね。どこからどう見ても王子様系じゃん!絶対、優しくて頭良くて、スポーツできて、ちゃんと金銭管理とかしてそう」
私は苦笑いしながら、机の上に突っ伏した。
うん。知ってる。見た目だけなら格好良いよね。見た目だけなら…。
しかし、性格は真央の想像している性格と真逆なんだよね。
いつも財布すっからかんでお金をせびって来ながら、趣味は賭け事という…真央には残念だけど。
その昔、「今日は運が良い気がする!」って、他の神様と花札で勝負して全財産を溶かした挙句、私の家に不法侵入してきて食べ物を盗んでいったからね?
「じゃあ私が狙っちゃおっかな〜」
「や、やめといた方が良いと思うよ!!!」
(ここは親友の為だ。何がなんでも止めよう!)
真央の想像する“完璧王子”と、私が知ってる“残念ギャンブル神”は、きっと一生交わらない。
「冗談だよ〜」
冗談みたいだ。本当に良かった。
私は今、台所の入口で立ち入り禁止を食らっている。
扉には『天音、これより先、立ち入ることを禁じる』と書かれた紙が貼られていた。
そして、入口に立ち塞がっているのは腕を組んだ紗霧様。
「い、良いじゃん!私、もう大丈夫だって!」
「前にもそう言って、油に水を入れて家を吹き飛ばしたのは誰だ」
「……はい、私です」
完全に前科持ち扱い。
言い返せないのが悔しい。
「天音たん、可哀想〜」
ゴロゴロしながらお菓子を食べている康親様が口を挟む。
「台所出禁とか。僕だったら心折れる〜」
「お前もだ。二度と台所に入るな」
「えっ!?何で僕まで!?」
「昨日、卵焼きに砂糖一袋入れただろう」
「だって“甘い方が美味しい”って天音たんが言ってた!」
「私は“ほんの少し”って言ったの!!」
「紗霧、立ち入り禁止令は正しい判断だと思う」
翡翠様はお茶を飲みながら静かに言った。
「でも、ちょっとくらい手伝わせてあげたら〜?」
「馬鹿か」
ニヨニヨしている康親様のつむじに、紗霧様が逆手に持った扇子で打撃を入れる。
ドゴッと鈍い音がした。痛そう……。
「天音が包丁を握れば怪我するだろ」
「だからって立ち入り禁止って……鬼じゃん」
「鬼で結構」
ピシャリと言い切った。
それから五日間。私が台所出禁になった以外は、至って平和だ。
「天音ー!おはよ〜」
「おはよ〜」
朝、下駄箱に駆け込んだら遅刻ギリギリ仲間の真央に声をかけられた。
彼女は階段を登りながら風で乱れた前髪とリボンをササッと直す。
うちの学校は比較的制服のアレンジが自由なので、真央は学校指定のシャツにオシャレブランドのベストを羽織っており、めっちゃ可愛い!
ちなみに私は、入学の時に買ったまんまの指定シャツに海棠色のパーカー。
ポケットの中には手のひらサイズの狐の神使。昨日、紗霧様から「持って行け」と渡された。
紗霧様達が自身の神力を込めて作った意思のある神使らしい。
見た目はぬいぐるみなので、見られても大丈夫だと思うんだけど…私達の正体がバレたら面倒なので、念の為隠しておく。
「あれ?何か騒がしくない?」
真央に言われて、私は眉をひそめた。
「本当だね」
私達の教室に人が集まっている……というか、たかっている。
キャアキャアと黄色い歓声まで響いて、まるでライブ会場みたいな盛り上がりだ。
「ねぇねぇ、何があったの?」
押し合う人の中、真央が手近な生徒に聞いてくれた。
「転校生が来るんだって!」
「しかもめっちゃビジュが良いの!!」
振り向いた生徒達の目は興奮していて目がキラッキラ。
(転校生…?)
この中途半端な時期に転校って、どうしたんだろう?
両親の転勤とかかな?…何か大変な事情がありそうだ。
とりあえず、わんさか集まる人を掻き分けて教室に入って、何とか自分の机に座ることができた。
近付くことすら難しそうな人垣に、私は背を向ける。
―――チャイムが鳴った。
ガラッ、と勢いよくドアが開く音がして、教室全体のざわめきが一瞬で止まる。
「はーい、席ついてー。今日からこのクラスに転入してくる生徒を紹介します」
担任の先生がいつもよりちょっとテンション高めに笑っている。
「じゃあ、前に立って〜」
先生がそう言うと、後ろの席がガタッと音がして、誰かが歩いてくる。
その姿を見た瞬間、心臓が止まりかけた。
(嘘でしょ…?)
「康親でーす!よろしくね☆」
にこっと笑って、教室内の空気が一瞬で和む。
(何でぇぇぇぇぇっ!?!?!?!?)
頭の中で警報が鳴り響いた。
教室内には女子達の悲鳴みたいな歓声が一斉に上がった。
「イケメンだよね。どこからどう見ても王子様系じゃん!絶対、優しくて頭良くて、スポーツできて、ちゃんと金銭管理とかしてそう」
私は苦笑いしながら、机の上に突っ伏した。
うん。知ってる。見た目だけなら格好良いよね。見た目だけなら…。
しかし、性格は真央の想像している性格と真逆なんだよね。
いつも財布すっからかんでお金をせびって来ながら、趣味は賭け事という…真央には残念だけど。
その昔、「今日は運が良い気がする!」って、他の神様と花札で勝負して全財産を溶かした挙句、私の家に不法侵入してきて食べ物を盗んでいったからね?
「じゃあ私が狙っちゃおっかな〜」
「や、やめといた方が良いと思うよ!!!」
(ここは親友の為だ。何がなんでも止めよう!)
真央の想像する“完璧王子”と、私が知ってる“残念ギャンブル神”は、きっと一生交わらない。
「冗談だよ〜」
冗談みたいだ。本当に良かった。