縁結びの神様、恋を知る
「どぉしよぉぉぉぉ」
家に帰った途端、毛布に包まって呻き声をあげる。
「天音。どうした」
紗霧様が視線を合わせて聞いてくる。
「ど、どうしよう紗霧様ぁぁ!!もう高天原に帰るぅ…」
「……何があった」
「“康親様”って呼んじゃったの!!学校で!しかもみんなの前で!!!」
「…………」
紗霧様は瞬きを一度して、ふっと目を伏せた。
「なるほど」
「私の下界での生活終わった…」
畳の上でゴロゴロ転がる。
「……確かに、誤解を招くな」
何故か頷いている翡翠様。
「誤解どころじゃないよぉぉ……!!女子みんなの視線、刺さってた!!」
「ふむ。だが天音」
翡翠様は腕を組み、やけに真剣な顔で言う。
「もし本当に誤解を解きたいなら、呼び捨てにしてみるのはどうだ」
「無理無理無理!!」
ガバッと起き上がり、即答した。
「そんなことしたら今度は“名前で呼び合う仲”だと思われるに決まってる!!」
「……そうか」
畳の上でジタバタする私に、翡翠様が苦笑する。
その時、この重い雰囲気を破るように康親様が現れた。手には見覚えのある紙袋。
紙袋には『(かく)()名物かくりよ饅頭(まんじゅう)』の文字。
「天音たん、これで元気出して...」
心做しか落ち込んでいるように見えた。
「遅いと思ったら、隠り世に行ってたのか」
「うん」
紗霧様は紙袋を凝視している。
「こしあんか...」
「そーそー。期間限定の味もあったけど、こしあんにした」
すると、翡翠様が立ち上がった。
「茶を()れてくる」
康親様が私に包みを差し出す。
「はい、天音たんの分」
「ありがと……」
手を伸ばして受け取り、包みを開ける。
ふわっとあんこの香りが広がって、なんだか泣きそうになる。
その様子を見て、康親様は苦笑しながら畳に腰を下ろした。
「大丈夫だよ、天音たん。人間は噂好きだけど、飽きるのも早いから」
「そ、それまでに私の心が持たないよ……」
「じゃあ、僕が毎日励ましてあげる〜」
「……余計悪化するやつ!!」
康親様が肩をすくめると、お盆の上に湯呑みを人数分乗せた翡翠様が戻ってきた。
湯呑みの中でお茶が静かに揺れる。
「ほら、熱いから気を付けろ」
「ありがと」
その隙にお盆から湯呑みを無言で取る泰親様。
(ほんっとうに泰親様と翡翠様って仲悪いよね......)
二人が喧嘩してるところ一度も見たことないけど、二人きりになると話さないどころか目すら合わせないんだよね......。
紗霧様はウジウジする私をじっと見つめて、静かに口を開く。
(うつ)し世での生活を終わらせる必要はない。噂の一つや二つで、全てが終わる訳ではないからな」
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