アーサ王子の君影草 下巻 ~約束の箱庭にて、再び~
 ライオネルはブラッドフォードの挨拶を静かに受け止めた。王としての威厳を湛えたまま、ゆっくりと頷く。

「遠路ご苦労であった。よく、来てくれた」

 その声音は穏やかでありながら、確かな重みを持っていた。だが、すぐにふっとその表情を緩める。

「長く、ご心配おかけして遺憾に存じます」

「……そのような礼は不要だよ。私よりも、君を待ち望んでいた者たちがいるだろう、傍に行ってやるといい」

 息をつき、優しく目を細めるライオネル。視線の先にはイリアーナの姿。

「ブラッド」

 かすかな声。今にも消えてしまいそうな、やわらかな響き。
 彼女の姿が瞳に映る。ブラッドフォードの呼吸が、ほんの一瞬だけ止まった。
 変わらず美しく、愛しい存在。
 けれど確かに変わったもの。
 柔らかな光を湛える緑玉(ベリル)の瞳。そして──その身に宿る、新しい命。
 言葉が、出ない。ただ、ゆっくりと歩み寄る。

「……遅くなった」

 それ以上は、言えなかった。
 イリアーナは、ふるふると静かに首を振る。涙がひとすじ、頬を伝う。

「いいの……無事でいてくれたから」

 距離が、あと一歩で触れられる程。
 しかしブラッドフォードは腕を伸ばせなかった。壊れてしまいそうで。まだ、信じきれなくて。
 ───その時。

「……ブラッド」

 もう一つの声。
 深く、優しく、長い時間を含んだ響き。
 声の方にゆっくりと視線を移す。

 そこにいたのは、母 ルチアだった。
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