アーサ王子の君影草 下巻 ~約束の箱庭にて、再び~
 その背を見つめながら、ラインアーサは静かに目を細めた。背後の席には、家族と何時もの顔ぶれが見守っている。寂しさがないわけではない。それでも。

(……姉上)

 声には出さず、確かに送り出した。


 ブラッドフォードは動かずに、そこに立っていた。歩いてくる最愛の人の姿をまっすぐに見つめて。

(ああ)

 言葉にならない想いが胸に満ちていく。
 何度も、何度も選び直してきた未来。
 その全てを、知っている。だからこそ。

(……君とふたりだから、ここまで来れたんだ)

 イリアーナが目の前に立つ。二人の距離は無くなり、ほんの僅かに息が触れ合う。
 ゆっくりと手を差し出すブラッドフォード。それは受け取るための手ではない。共に立つための手。
 イリアーナは迷わずその手を取る。
 指先が触れた瞬間、過去も、痛みも、全てを越えて───二人の現在が、重なる。

 楽の音が、最高潮に満ちる。
 それは祝福であり、新しい物語の始まりの音。
 ひとつの国とひとつの未来の誕生だった───。


 祝福の音が、少しずつ遠ざかっていく。
 広間を満たしていた拍手も、笑顔も、光もやがてやわらかなざわめきとなって奥へと溶けていった。

 人の流れから少し外れた回廊。
 窓の向こうには夕暮れの色が滲み始めている。
 ラインアーサは、しばらく何も言わなかった。ただ、さっきの光景を胸の内で反芻している。

(俺も……あんなふうに)
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