遠く、儚く。


柚が深夜に帰宅したとある日…。
成瀬は今日も眠りにつくことなく、柚を待っていた。



「おかえり柚。」
「……」
「返事してくれないの…?心配して待ってたんだよ?」
「待たないでいいってずっと言ってんじゃん!!!」
「そんなわけにいかないよ…親なんだから…」
「あのさ…!いい加減母親ヅラすんのやめたら?!ダサいしウザいって!!」
「ウザくしちゃったのはごめん…。だけどこんな時間に1人で歩き回るのは絶対ダメ。何かあってからじゃ……」
「ねぇ!!!いい加減にしてよ!!」



柚が手に持っていた鞄を乱暴に投げつける。
やめなさい!と成瀬が制止しようとするが、柚は何も言わず自室に戻ろうとする。

成瀬が柚を追って部屋に入ろうとするが、柚が成瀬を突き飛ばした。予想もしていない出来事で、身構えることができなかった成瀬が勢い余って床に倒れ込む。運悪く壁の角に首と後頭部を強打し、一瞬意識を失ってしまった。

凄まじい音を聞いて律が自室から飛び出してくる。



「姉ちゃん!!!!お前何したんだよ?!」
「何もしてない!!部屋に入ってこようとしたからっ!!」
「姉ちゃん!姉ちゃん!!大丈夫??!」



律が成瀬の肩を揺らして起こそうとするが、成瀬はピクリともしない。血は出ていないけど意識がない。

柚は気が動転して泣きじゃくっている。



「わざとじゃなかったのっ!!ごめん姉ちゃん…ごめん…」
「柚!樹先生呼んできて!!姉ちゃんヤバいって!」
「何で…何でっ?!」



裸足で玄関を飛び出して、隣の樹の玄関インターホンを鳴らし続けるが…応答はない。さらにパニックに陥った柚が玄関ドアを激しく叩く。近隣住人も大きな音に驚いて、玄関を開けて様子を伺っている人もいる。

その時ちょうどエレベーターから樹が降りてきた。自分の名前を呼びながら玄関ドアを叩き続ける柚を見て、驚いて駆け寄る。



「柚!!どうしたの?!」
「樹せんせ……どこに行ってたの…?!お姉ちゃんが……お姉ちゃんが!!!」
「お姉ちゃんがどうしたの?!」
「お姉ちゃんが…!!助けて……ぐずっ…」



お姉ちゃんが…と繰り返して泣いてばかりの柚をなだめて、すぐに成瀬宅に向かう。玄関ドアは開いたままだ。

成瀬が廊下に倒れていて、律が横でオドオドしている。



「なるちゃん!!!」
「樹先生…!!姉ちゃんが…!」
「大丈夫。大丈夫だから落ち着いて。何があったの??」
「柚と姉ちゃんが喧嘩してて頭打ったみたい…意識がない…!」
「なるちゃん!なるちゃん聞こえる?!?!」
「……」


応答がなく、軽く腕を叩いて刺激を与えても反応は微かにあるが、目は開かない。成瀬の頭を触診して怪我の具合を確かめるが出血はなさそうだ。


「なるちゃん!分かる??分かったら目開けて!」
「……った…」
「なるちゃん!!」
「いつき…せんせ……?」
「うんうん。大丈夫??今どこが痛い?」
「頭……後頭部を角に……」
「分かった。痛みは強い?吐き気は??」
「大丈夫…これくらい全然。」
「無理しないで…少しでも痛みが強くなったら絶対に言って。」


樹が目の焦点が合っているか、認知機能に問題はないかなどを簡単にチェックしていく。救急車で病院に行くべきだと言ったが、成瀬が頑なに拒否したため、樹が一晩見守ることを条件に経過観察をすることになった。



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