再び縁結び
2章ー結斗と詩織

11ー噂


[詩織視点]

 小学校では最近、ある噂が広まっている。それは、東雲先生に似ている人が、保護者らしき人と鈴蘭神社の東屋で親しそうに話していたと言う内容だ。本当かはわからないが、偶然通りかかった保護者が2人を見てしまい、噂はあっという間に学校中に広まってしまったみたいだ。保護者から保護者へと伝わり、教師へと伝わってしまったのだ。彼本人は噂が広まっていることに気が付いてないようだ。

 朝、眠そうに東雲先生が入ってくると、教師達の視線は東雲先生に集中した。そして、コソコソと話し始めた。彼は異様な空気に気がつくが、いつもと変わらずデスクに着くまでに近くにいた教師達に挨拶を始める。

「おはようございます。秋海棠先生」

 彼は隣のデスクの私に挨拶をして、椅子に座り、持ち物が入っているバッグをデスクの上に置く。彼は何も気が付いていないのだろうか。それとも噂を知らないふりをしているだけなのだろうか。

「...おはよう、東雲先生」

「...秋海棠先生、どうかされましたか。なんかいつもより...元気がないように見えるんですが」

 東雲先生は柔らかい表情で私を見つめる。本当は噂がどうなのか本人に直接聞きたい。だが、踏み込みすぎれば嫌われる。だけど、私は...。

「...あの、...東雲先生っ」

 拳に力が入る。私の視線は、少し彼からずらし、彼のバッグについている犬のキーホルダーへと向いた。春斗君から貰ったという犬のキーホルダー。入学式の日に行われた、1年生の先生のみだった打ち上げの事を思い出してしまう。

『じゃあ、東雲先生は良いと思った先生とかいないんですかっ』

『そういうのは忙しいので、今は』

 飛竜先生が東雲先生に投げかけた質問に、東雲先生は素っ気なく答えていた。それに彼はどこか上の空だった。それが、今回の噂とは関係あるかはわからない。目の前にいる彼は不思議そうに首をかしげる。

「...なんでしょう、秋海棠先生」

 噂の真相について聞こうとしていたのに、彼の表情を壊したくない。鵜呑みにしてはいけない。東雲先生が保護者らしき人物といたのはただの噂だ。

「あっ、いえ、なんでもないです。き、今日も1日頑張りましょう。東雲先生」

 無理矢理、彼に笑顔を作る。彼は頷き、立ち上がる。

「頑張りましょう。秋海棠先生」

 そして彼はファイルを持ち教室へ向かって行ってしまった。大丈夫。噂は信じたら負けだ。事実とは限らない。それか偶然見かけた保護者が別の男性と東雲先生を見間違えたのだろう。この広い地球に似ている人間など何人もいる。

「(どうか答えを言わないで、いつまでも)」

 私もファイルを両手で抱え、1年2組の教室へと向かった。教室へ向かう途中、数川先生が慌てながら話しかけてきた。

「聞いてくださいよ〜っ、詩織先生〜」

「どうかしたの、数川先生」

「だから、数川って呼ぶのやめてくださいよ。音葉(おとは)って呼んでください。そんなことより、幸助先生ったら腹立つんですっ」

 数川...じゃなくて、音葉先生は、思った事を正直に言ってしまう性格であり、同じクラスの担任と副担任という関係性なのに幸助先生と衝突する事も多いみたいだ。その度、私に相談を持ちかけてくる。2人は今の時点では付き合っていないみたいだ。今の時点では。

「まーた...幸助先生の話し...」

「聞いてくださいよっ。私が真剣に算数のテスト作っていたら、『もうちょっとわかりやすい問題のほうがいいんじゃない』とか、校外学習の班割りを考えたら『この子とこの子は仲良いから、他の子が仲間外れになるから分けた方がいい』とか私のすることやることにいちいち文句つけてくるんですよっ。どう思います」

 音葉先生と仲良い理由は、同じ大学出身だからだ。音葉は私の後輩にあたる。大学時代はそんなに接点はなく友達の紹介で知り合いとなったくらいだった。だが今年から甘夏小学校に音羽先生は異動して再開した。それから大学時代の思い出話に色々と花を咲かせ親しくなり今に至った。

「うーん、幸助先生は担任しながらも音葉先生のことしっかり考えてくれてるんだと思うんだけどな」

 
「えぇー、そんなこと絶っっっっ対ないです。日頃のストレス発散の為に私に言いがかりつけてるだけですよ。私の案が全部否定されているようで嫌なんです。あと〜」

 音葉先生の愚痴は止まりそうになかった。早く教室に行かなければならないのに。

「俺がなんだって」

 後ろから声が聞こえて、私達は振り返る。そこには音葉先生が愚痴っていた本人である幸助先生がいたのだ。音葉先生は顔面蒼白だ。

「ふ、福田(ふくだ)先生っ...。うっ、人の話盗み聞って趣味悪すぎますっ」

 彼の名前は福田(ふくだ)幸助先生。厳しいとも生徒の中では有名な教師だ。5年2組の担任と兼任で生徒指導の役割も担っている。正直、1学期の始業式、5年2組の担任が幸助先生と発表されて副担任に音葉先生が発表された時ドンマイと思ってしまった。

「盗み聞きなんてしてない。偶然教室に行こうとしてたら数川先生の声が...」

 その時、朝の会が始まるチャイムがなってしまった。幸助先生が何かを言いかけたが、幸助先生と音葉先生は目を見合わせ焦って走っていってしまった。私は、近くに1年2組の教室があったから良かったけど。ドンマイ、幸助先生と音葉先生。教室に入ると生徒達は賑やかに席についていた。

「おはようございます、しおり先生」

 生徒達の可愛いらしい声が私を出迎えてくれる。この子達の声を聞いていると嫌でも笑顔になれる。

「おはよう、皆」

 だがすぐに東雲先生の噂の話を思い出してしまう。笑顔を浮かべているが、笑顔になれていない気がする。飛竜先生もこんな気持ちなのかな。飲み会の時、音葉先生と幸助先生が付き合っていると言う噂の話が出た。飛竜先生は音葉先生が可愛いと思い狙っていた。もしかしたら噂を聞いた後は、飛竜先生の中でモヤモヤしていたのかもしれない。飛竜先生も心の中では笑顔になれてるのかなと思っていたのかもしれない。

「(モヤモヤする...)」

 私は黒板に文字を書きながら東雲先生のことを考える。東雲先生が一緒にいたと言われる保護者は誰だったのか。本当に東雲先生だったのか。疑問が次々に浮かんでくる。仕事に私情を持ち込んではいけない。わかっているのに。本人に聞けば済むのに。

「(聞けるわけない)」
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