再び縁結び

12ー幸助と音葉



[幸助視点]

「だから、数川って呼ぶのやめてくださいよ。音葉おとはって呼んでください。そんなことより、幸助先生ったら腹立つんですっ」

 俺が1年生の教室の前にある廊下を歩いていたら、数川先生が俺への愚痴を言っているのが聞こえた。本人は小さな声で言っているつもりだが、少し後ろを歩く俺にも聞こえる音量だ。幸い1年生達の教室はガヤガヤしていて生徒達には聞こえていない。

「まーた...幸助先生の話し...」

 秋海棠先生が頭を抱えていた。

「聞いてくださいよっ。私が真剣に算数のテスト作っていたら、『もうちょっとわかりやすい問題のほうがいいんじゃない』とか、校外学習の班割りを考えたら『この子とこの子は仲良いから、他の子が仲間外れになるから分けた方がいい』とか私のすることやることにいちいち文句つけてくるんですよっ。どう思います」

 それは、俺が数川先生にアドバイスしているように言っている。それなのに、どうしてすぐ秋海棠先生に愚痴るんだ。
 

「うーん、幸助先生は担任しながらも音葉先生のことしっかり考えてくれてるんだと思うんだけどな」

 秋海棠先生は数川先生よりも何倍も大人だ。俺がいちいち数川先生に厳しく指摘する理由を汲み取っていた。
 
「えぇー、そんなこと絶っっっっ対ないです。日頃のストレス発散の為に私に言いがかりつけてるだけですよ。私の案が全部否定されているようで嫌なんです。あと〜」

「俺がなんだって」

 彼女の俺に対しての愚痴は止まりそうになかった。教師なのに本当情けないな。数川先生は。

「ふ、福田ふくだ先生っ...。うっ、人の話盗み聞って趣味悪すぎますっ」

 「盗み聞きなんてしてない。偶然教室に行こうとしてたら数川先生の声が...」

 その瞬間、朝礼を告げる音楽が校舎に鳴り響く。まずい、完全に遅刻だ。秋海棠先生は自分のクラスである1年2組のクラスへと駆け込んだ。俺と数川先生は小走りをして5年1組の教室へと向かった。

 数川先生は、5年1組の副担任で一生懸命に業務をこなしているのは見ている。だからこそ、ついつい厳しく口出しをしてしまうのだ。それなのに本人はその意図に気が付いていない。俺がストレス発散の為に数川先生にぐちぐちと言っていると勘違いしている。

 急いで教室に入ると、クラスメイトの1人がニヤついた顔で俺をみてきて大きな声で叫んだ。

「幸助先生遅刻したんすか〜、数川先生と何を話してたんすか〜っ」

 小学校高学年は生意気な奴が多い。可愛げがなくなりつつある歳だ。俺はそんな奴らを構わずに教卓にファイルを置き、上を向いた。横をチラッと見ると、数川先生が少し頬を赤らめていた。彼女は、朝礼に遅刻した恥ずかしさから顔を赤くしたのか。生徒に聞こえないように、小さな声で数川先生に言う。

「大丈夫だ。遅刻した事は次から気をつければいい」
 
「...福田先生、失望しました」
 
「...は、失望って何が」

 数川先生は、俺から視線を逸らした。生徒達の視線が痛いほど突き刺さる。また俺が注意したことに失望したと言うのか。俺は深く考えることをやめ、生徒達を見つめる。

「さっ、今日も朝礼始めるぞ」



 クラスでの朝礼が終わり、俺と彼女は一緒に職員室へ戻る。歩いている途中、彼女はそっぽを向き一言も話さない。俺はアドバイスしただけだ。そんなに怒らなくて良いのに。まあ、口を聞きたくない日もあるよな。そっとしといてあげよう。
 職員室に戻ると、隣のデスクに数川は腰を下ろす。そして、書類に集中し始める。俺はそんな彼女を見て、たまには疲れてそうだからコーヒーくらい持ってきてあげようと給湯室に使い、彼女が前に話していた1番好きなコーヒーを淹れて、彼女の元へ行こうとした。すると、飛竜が数川先生に話しかけていた。飛竜と話す彼女は俺と話す時には見ないような笑顔だった。

「最近、家系ラーメンにものすごくはまってるんすよ。もやしましまし、チャーシューましまし、マジで美味いんすよ」

「わかります、あの味の濃さとか最高ですよね」

 彼女の声は俺と話す時には見せないような眩しい表情だ。この2人は付き合っているのだろうか。俺自身、恋愛に興味ない。なのに、どうしてこんなに気になるんだ。ふと視線を感じる顔を上げると、数川先生と一瞬目が合う。だが、彼女の視線はまた飛竜へと注がれた。俺は彼女に渡すつもりだったブラックコーヒーを飲み干した。苦い。どうしてこんなもの飲めるんだ。俺は甘みがあるものしか飲めないと言うのに。コーヒーが入っていた紙コップをグシャっと握りつぶしゴミ箱に捨てた。彼女は俺の前では真面目な顔しか見せないのに、どうして飛竜先生の前ではあんな笑顔見せるんだ。2人の会話を耳に入れたくないのに嫌でも入ってくる。

「数川先生、良ければ今度奢るので一緒にラーメン食いに行きませんか」

「え、良いんですかっ。奢ってもらうのは申し訳ないので割り勘で。ね、飛竜先生」

「いえいえ、誘ったのは俺なのでっ。女性にお金出させるのは申し訳ないっすよ」

 教師も人間だ。同僚としての付き合いを大切にしなければいけない。だから、好きにすればいい。他人の事はどうでも良いのに彼女の笑顔が俺の胸に突き刺さる。
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