再び縁結び

15ー参観会

[3人称視点]

 春斗も学校生活に慣れてきた頃。甘夏小学校では授業参観が行われる。生徒達が給食を食べ終わり、5時間目までの間の休み時間になると、保護者達がぞろぞろと学校へ足を踏み入れてきた。緊張する生徒や、自分の親を楽しそうに探す生徒など様々だ。1年1組でも初めての親に授業を見てもらうという事に、緊張が走りつつあった。小春が教室に足を踏み入れると、彼女が来たことに気がつき三重子が小さく手を振っていた。

「あ、桜庭さんっ。いつも、蒼夜が春斗くんにお世話になっております」

「いえいえ、こちらこそ。息子が蒼夜くんにお世話になっております」

 小春は軽く三重子にお辞儀をする。三重子は頭を横に振る。

「そんな、礼儀正しくしなくてもいいのよ。...春斗君をうちのバカ息子が突き飛ばして迷惑かけたのに。春斗君って優しいんですね」

 そんな話をしていると、今度は胡桃の父親の宗一郎が教室に入ってきた。小春と三重子と目が合う。三重子が笑顔で挨拶をした。

「胡桃ちゃんのお父さんもお久しぶりです」

 この3人が揃うのは、教室で起きたガラスが割れてしまう事件以来だ。過去の自分のした事や子どもの育て方について罪悪感を3人はそれぞれ感じてきた。すると、宗一郎がモジモジと何か言いたそうにしていた。小春が彼の異変に気がつく。

「どうされましたか」

「実は...妻と再婚しようかと考えておりまして」

 小春と三重子は、彼の言葉に顔を見合わせ一瞬沈黙する。だが、すぐに小さく拍手をした。

「おめでとうございます。良かったです。本当にっ」

 三重子が自分の事のように喜ぶ。宗一郎は、照れながらも頭を掻く。小春も宗一郎の再婚の話に喜びながら、心の片隅では結斗との事を考えていた。もし、結斗とよりを戻して今度こそ結婚する未来があったのなら。春斗は自分の担任を実の血の繋がった父親として受け入れてくれるのか。もしくは、自分の担任でもある事から、自分の母親と担任が一緒になる事を気まずいと思うのか。小春は、彼との関係は難しいものなんだと痛く理解し直した。自分の右手を左手でギュッと強く握った。

「(私はどうすればいいの。結斗)」

「それにしても、やはり人生を何年も歩んだ僕達は子ども達に色々と大切なものを教えられてばかりですな」

 宗一郎が静かに呟いた。三重子と小春は、静かに頷いた。すると、5時間目の授業開始のチャイムが鳴り響き、それとともに教室は静まり返った。そして、教室の扉が開き結斗が、教壇に立った。

「保護者の方々、この度は参観日へ足を運んでいただき誠にありがとうございます。皆様のお子様方のご活躍を是非ともご覧になっていただければと思います。1年1組の皆も緊張せずに、いつも通りに授業しようね」

教壇に立つ彼の服装は、ピシッと決めたスーツだ。小春はそんな姿の彼を見て、結斗が初めて教師として働き始めた日の事を思い出し、懐かしさに浸っていた。

「えー」

 東雲の言葉に、そんなの無理という意味合いで、生徒達は叫んだ。すると、保護者達の笑いを誘った。

「じゃあ、今日は国語の授業しようか」

 すると、彼はチョークで何か文字を書き出した。ある生徒は隣の友達と結斗が何の漢字を書いているか当てるクイズをしていたり、ある生徒は緊張して、周りをキョロキョロを見渡す。生徒達の反応はそれぞれだ。結斗は、右に幸と言う文字、左に辛と言う文字を書き出した。

「しののめ先生ーっ、何その漢字」

 男子生徒の1人が指を文字を指を差した。

「これは、君達が小学校3年くらいになったら習う感じだよ。これ、何で読むかわかる人いるかな」

 すると、蒼夜が勢いよく元気に手を上げる。

「はいっ、それってからいって読むんだよっ。母ちゃんがよくその文字ついたラーメン食ってるっ、父ちゃんもよく食ってるんだ」

 息子の唐突な暴露に、三重子は顔を赤くし蒼夜の頭を優しく叩いた。緊張が漂っていた教室は笑いに包まれた。

「蒼夜、そんなこと言わなくていいの」

「まあまあ」

 小春は笑いながらも恥ずかしそうに肩を落とす三重子の肩をポンポンと叩いた。そして、ちらっと春斗に視線を向ける。息子は周りの友達とゲラゲラと笑っている。父親がいなくても春斗は春斗らしく楽しそうだった。今、再婚する時じゃないのかもと小春は考えた。東雲は、黒板に書いてある辛の文字を指差した。

「あはは、蒼夜くん。そうだね、確かにこの漢字は、からいって読むこともあるけど。実はもう一つ読み方があるんだよね。わかる人いるかな」

 すると、またもや蒼夜が手を元気にあげる。

「はいっはいっ、ラーメンって読むとか」

 蒼夜の発言にまたもや教室は笑いに包まれる。三重子は、恥ずかしいという感情が頂点に達し頭を抱えた。両手で顔を覆う。追い打ちをかけるように蒼夜は自信満々な顔を浮かべていた。結斗は、ずっこける。蒼夜に言葉を投げた。

「蒼夜くん、ラーメン好きなんだねぇ」

「うんっ、隣の文字も何か知ってるんだ」

 蒼夜は、次に幸の文字を指す。三重子がもういいよと呆れながら小さく呟く。結斗は、蒼夜の発表したい気持ちを邪魔せず、優しく蒼夜に問う。

「じゃあ、何の文字か教えてもらってもいいかな」

「うんっ、福田先生の漢字で見たっ」

 やっと息子のまともな解答で三重子は胸をほっと撫で下ろした。東雲は、蒼夜の発表にうんうんと頷く。

「そうだね。福田幸助先生の名前で使われてるね。蒼夜くん、先生達の名前もよく覚えてて凄いね」

「うんっ、最近、福田先生って音葉先生と仲良しだよねっ」

 子どもの観察力は鋭く侮れない。結斗はそう悟った。小春も、蒼夜の発表を聞きながらある事を思い出した。春斗から聞いた、結斗と隣のクラスの担任である詩織が仲良かったという話。思い出した途端、彼女の心はざわついた。

「蒼夜くん、同じ場所で働いてる仲間同士はとってもいい事なんだよ。じゃあ、授業戻ろうか。この辛って言う文字にも読み方がもう一つあるんだけど、何かわかるかな」
 
 東雲は、そう言い話を上手く脱線した話を戻した。保護者達の数名からは「おぉ」と声が上がる。福田幸助と数川音葉の関係を知らなかった数名の保護者達は、驚いたような顔をしていた。

「からいしかわかんなーい」

「漢字ってむずかしいよぉ」

「えー、から...かゆいとか」

 それぞれの生徒が一斉に意見を言い、また教室はガヤガヤした雰囲気に包まれた。東雲は、そんなクラスメイト達を微笑ましく思い、クスクス笑う。

「皆、頭とっても柔らかいね。勉強って言うのは、この頭の柔らかさが大事なものなんだよ。この漢字はね、からい以外にも、つらいって読むこともあるんだ。つらいってどんな意味かわかるかな」

 すると、今度は胡桃が手を上げた。

「つらいって、涙が出ることだと思う」

 子どもらしい言葉に東雲は、頷いた。胡桃の言葉が正しい答えではないかもしれない。だが、子どもの自分が知らない感情を想像しやすいものに置き換えて言える気持ちを東雲は大切にしたいのだ。

「うんうん、胡桃ちゃんの答え良いと思う。自分が知らない感情を、自分が分かりそうなものに置き換える。人生ではとても大切なことなんだよ」

 保護者達は、結斗の授業に感心していた。正解でも不正解でも、子ども達が発表することを受け入れ、否定せずに子ども達の持っている能力を伸ばしている事に。

「せんせー、人生ってなに〜」

 今度は、葵が結斗に質問を投げかけた。彼は、唐突な質問に何かを考え始めた。きっと、子ども達にどう伝えれば分かりやすいのかと考えているのだろう。

「うーん、なかなか良い質問だね。人生ってのは...。漢字で人が生きてるって書くんだよね。つまりは、君達も他のクラスのお友達も君達の親も、先生達も皆生きてる。人生っていうのは、君達が歩む道って事だよ。今はわかるのが難しいからしれないかもだけど、君達はこれから人生っていうのについて学ぶんだよ」

 東雲が笑顔で答え終わると、今度は保護者達からは拍手が巻き起こる。最初は1人の保護者がしていたが自然に教室全体に広まった。子ども達も親の真似をして、拍手をする。

「せんせー、すごいや」

「人生って何かわからないけど、楽しみっ」

 生徒達の言葉が飛び交う。結斗は、照れながらも「ありがとうございます」と呟いた。拍手が止まると、結斗は、説明を始めた。

「で、1年1組の皆に知っておいてほしいのが、辛っていう感じにあるものを足すと、幸になるんだけど、わかる人いるかな」

 すると、今度は春斗が元気に手を上げた。

「左の文字に一本足すと、右の文字になるっ」

 春斗の頭の柔らかさと観察力にまたもや保護者達から「おぉ」という声が巻き上がる。結斗は、頷き辛と言う文字に横線を足した。

「つらいと言う漢字は、一本線を足すだけで幸と言う文字になります。つまり、辛い事があっても何か少しだけでも頑張るだけで幸せに近付くんだよ」

「...じゃあ、せんせーは今、幸せなの」

 春斗からの質問に結斗はドキッとした。そして、視線が小春と合ってしまった。すぐ、クラスメイト達に視線を合わせた。そして、落ち着いて言い放った。

「...うん。幸せだよ。皆にこうやってお勉強を教えることができてね」 

 彼と目があった小春は、拳をギュッと握った。誰にもバレないように、頭を横に振る。

「(何を考えてるの私。そうよ、彼はもう立派な教師。彼の世界に私と息子なんてもう必要ないの。期待しちゃダメ。今が彼の幸せなんだから)」

 そう心の中で思い込む。そして、バッグについている春斗からもらった犬のキーホルダーを見つめる。元々は3つセットで春斗の思い出にと、遊園地で買ったものだ。1つは、春斗が。もう1つが、小春に。そして、もう1つは春斗が結斗に渡した。春斗が実の父の存在に勘付いているのは定かではない。だが、春斗にとっては何が幸せなのかまだ小春は、母親として理解ができていなかった。


 授業が終了するチャイムが流れ、保護者が後ろにいる中で帰りの会も行い、生徒達は保護者と共に帰る時間になった。春斗は、緊張からお腹を壊していたらしく帰りの会が終わると同時にお手洗いに駆け込んだ。小春は、息子を待っている間、何をしようかと考えていた。保護者の数名は、クラスのこれからの方針など聞くために東雲の周りに集まっている人もいれば、既に子どもと教室から出ていった保護者もいた。小春は、少しだけでも結斗と話せればと思い、他の保護者達が彼と話し終わるのを待っていた。すると、ある生徒が目に入った。自分の席についたまま、俯いてる女の子だ。教室に残っていた保護者達も結斗と話終わり、子どもと教室を出ていた。小春は、静かになった後にこっそり話しかけた。

「...お疲れ様です。東雲先生。東雲先生って子供たちに慕われてて、とてもいい先生だと思います」

「...ありがとうございます。桜庭さん」

 彼の笑顔は、明るかったが少しはにかんでいた。彼女の目には、業務的な笑顔とは少し程遠いような表情に見えた。すると、小春は視線を女の子に向ける。

「...東雲先生、あの子って、親は」

 尋ねると結斗は、眉を下げた。

「...あぁ、菫ちゃんか。なんて言うか、親がちょっと訳ありでして」

 彼女の名前は、三色 菫(ミシキ スミレ)。1人だけ親が来ず、泣きそうな表情を浮かべていた。小春は、そんな菫に優しく声をかけた。

「...菫ちゃん、もしよければ春斗と3人で帰るのはどうかな」

 突然、声をかけられ一瞬ビクッと反応したが。菫は、怯えている顔をしていたが小さく頷いた。
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