再び縁結び
16ーストレスの日々
〈結斗視点〉
俺のクラスメイトである三色さんの家庭は、俺の頭を悩ませている。父親は単身赴任で、どうやら三色さんが小学校に入学する前からいないらしい。父親はまだ良い。だが問題は、母親にあった。この間、帰りの会が終わりクラスメイトたちは家に帰宅していた。だが、1年生と2年生は集団下校している。だが、その日は三色さんだけ校門に残っているのが見えた。担任として心配になった為に、校舎から校門へ飛び出て三色さんに声をかけた。
「...菫ちゃん、どうしたのかな」
「...しののめせんせい...。ママがいつも、帰ってくるまで家に入れなくて。帰ってくるまで皆の家で遊んでたのに...誰とも遊べないっ」
いつもは、2年生の子達や他のクラスの家が同じ方向にある1年生の子達と一緒に帰っていた。母親が家にいなくても、帰ってくるまで近くに住んでいる生徒の家で過ごしていた。だが、今日は全員用事があるみたいで、一緒に帰らなかったそうだ。小学校1年生と言う年齢は、まだ親に甘えたいだろうに可哀想だ。彼女の頭を優しく撫でる。
取り敢えず、菫ちゃんを1人にさせないことが今1番大切なことだと思い、職員室まで連れてきた。他の先生達は不思議に思いながらも、食べてるお菓子を菫ちゃんに分けたりしていた。彼女の家庭は放任主義...。所謂、ネグレクトだ。旦那さんの電話番号も一応知っているが、奥さんに『旦那にもし電話でも入れたら、あんたを何かしら理由つけて教師の座から引き摺り下ろすから』と脅された。
「ねえ、三色さんだよね。チョコ持ってるけど食べるかな、甘いもの好きかな」
「こらこら、音葉先生。可愛いからってあげ過ぎたら駄目だぞ」
「えぇ、幸助先生のケチ〜。三色さんも食べたいよねぇ、美味しいお菓子」
「三色さん、食べすぎるとこの先生みたいにお腹出るから気をつけてな」
「それはセクハラですっ。副担任に対してそんなこと言うなんてひどいです。幸助先生。だいたい、頻繁に幸助先生が1人じゃ寂しいからって、私をラーメン屋に誘うのが悪いですっ」
「俺1人で行こうとしてるのに、音葉先生が勝手に1人でご飯食べるの嫌だからってついてくるじゃないか」
菫ちゃんの母親に電話をかけている途中、後ろから話し声が聞こえた。菫ちゃんは、福田先生と数川先生のやりとりが面白く少しクスッと笑っていた。にしても、福田先生はいつから数川先生の事を名前で呼ぶようになって、数川先生もいつから福田先生のこと名前で呼ぶようになったんだろう。だが、何回電話を鳴らしても、取ってくれる気配がない。諦めかけた頃、やっと受話器の向こうで声がした。
『はーい、もしもし〜』
甲高い女の声だ。少し甘ったるい。
「あ、急なお電話失礼いたします。甘夏小学校で1年1組の担任をさせていただいております。東雲結斗と申します。三色さんのことでお電話...」
『あ〜あ、菫のことね〜。ちょっとこっち忙しいから先生が何とかしてくんないかな。先生って子どもの面倒見るのが仕事なんでしょ』
「...確かに、子どものことを見るのが教員の仕事ではありますが、家庭でのことは両親に見ていただけなければ」
『ふぅん。保護者に反抗するんだ。東雲先生って言ったよね。こないだ、東雲先生が保護者らしき人といたとこ、見ちゃったんだよね。東雲先生って教師のくせに、保護者に手を出すような人だったのねぇ。その保護者と一緒にいた子どもを贔屓してるって保護者達に言いふらすけどいいかしら』
「うっ」
言葉が思い浮かばなくなる。桜庭さんと春斗くんを引き合いに出すなんて卑怯だ。受話器を握る手に力が入る。
『まあ、東雲先生が母親らしき人と一緒にいたって話はもうママ友に流しちゃったんだけどねえ』
ふざけんなと言葉が出そうになったが飲み込む。感情的になってはいけない。だが、教師も人間だ。いつか限界が来る。だが、冷静に対処をしろ東雲結斗。
「あぁ...承知いたしました。三色さんはこちらで預からせていただきます」
自分でもわかる。その声は震えていた。怖さからではなく、怒りからだった。あまり、向こうを刺激させないためある程度は抑え冷静に答えた。
『そうそう、それでこそ教師だからぁ〜、ねぇ。じゃ、よろしくぅ、うん、じゃ切るわよー」
「それでは失礼いたし...」
その言葉だけを残そうとしたら、向こうから少し聞こえた低い声に聞き耳を立てた。
『奈沙、誰と電話してんだ』
それは、渋い男の声。旦那は現在単身赴任中で、家にはいないはずだ。親族の誰かとかなのか...。それとも。
「えぇ、浮気じゃなくて学校の先生よっ、菫の担任の。貴方しか恋愛的に見てないから許して、ねぇ」
俺と電話した時より声のトーンは高くなり、相手の男に甘えているのがわかった。今いる男とやっぱそう言う関係なのか。最悪な予感が当たってしまった。だから、三色さんの母親は俺に旦那へ電話するなと釘を刺してきたのだ。プツッとキレツーツーという音だけが耳を支配する。電話を切られた。受話器を置いて、これからの事を考えた。あまりにも暗い顔だったらしく、福田先生と数川先生が俺を心配そうに見つめていた。
「...なんか色々大変そうだが、あんま1人で抱え込むなよ。東雲先生」
「そうですよ。持っている学年は違いますけどお互い様ってことで。何か手伝えそうなことがあれば教えてください」
この2人の言葉は、今の俺にとって心が軽くなるものだった。菫ちゃんは今にも泣きそうな顔を浮かべていた。前屈みをして、菫ちゃんの頭を撫でる。
「大丈夫。俺がなんとかするから」
ーー
そんなことがあった。今日の参観日にも菫ちゃんの母親は来ていなかった。きっと、浮気相手と...いや、不倫相手というべきか。保護者達と話が終わると、小春がこっそりと来て尋ねた。
「...東雲先生、あの子って、親は」
「...あぁ、菫ちゃんか。なんて言うか、親がちょっと訳ありでして」
本人もきっとあまり他の人に知られたくないと思っているはずだ。濁してなんとか答えた。彼女は、菫ちゃんの前で凛とした表情で腰を、屈め優しく声をかける。あぁ、やっぱり昔は好きだったんだ。自覚せざるおえなかった。
「...菫ちゃん、もしよければ春斗と3人で帰るのはどうかな」
すると、すみれちゃんの顔は少し強張っていたが頷く。小春が小さな手を握ると、席から立ち上がる。俺は担任なのに無力で申し訳なくなる。
「桜庭さん、春斗くんもいるのにそんな申し訳ないです...。この問題は俺1人で」
小春は、頬を膨らめた。すると、菫ちゃんの手を握ったまま俺に近づいて来た。
「そうやってすぐ誰かに相談しないから、最悪の結果になるんですよ。それは私が1番よく知ってます、それに菫ちゃんが少しでも春斗と遊んでくれたら、春斗は喜びますからっ。だから、結斗っ...」
彼女は、何か言葉を続けようとしたが無言になる。顔が近すぎたのだ。後もう少しで接吻しそうな距離だ。顔が熱い。それは彼女も同じだ。菫ちゃんはきょとんとした顔で俺達を見ていた。幸い、教室にいた保護者達は話に花を咲かせていたようで、こっちには目も暮れていなかった。だが、教室の扉に目を向けると飛竜先生と秋海棠先生とその真ん中に春斗がいてドアのガラスに張り付いてこっちを見ていた。
「...ち、近すぎです。東雲先生」
「いや、...こは...そちらが近づいて来たのでしょう」
彼女に言い返すが、お互いに気まずくなり声が震えていた。俺達は元恋人ではあったがそれは過去の話。あくまでも今は保護者とその子どもの担任という関係だ。深く関わりすぎてはいけない。
「ママー、今のってなに〜」
春斗が元気よく教室に入って来た。あまりにも純粋で無垢な質問に更に顔が熱くなる。彼女は、春斗と菫ちゃんの手を握り、俺に背を向ける。
「取り敢えず今日は、菫ちゃんの親が家に帰るまで私が見ています。もし、家に帰ったとか連絡あればください。お願いします。東雲先生。さ、いくよ春斗」
「うん、ばいばーい。東雲せんせっ」
彼女は、しっかり2人の手を繋ぎ、春斗は元気に片手を振り、菫ちゃんは静かに小さく手を振って来た。俺は2人に手を振りかえす。教室を出て行ってしまった。小春と話すとやはり気が狂うな。教師として接してるのに、それすら崩れそうになる。...児童相談所に話してみるのもありかもな。あんな母親だから期待はできない。三色家の家庭内で何が起こっているのかも完全には把握しきれていない。
ーー
やっと勤務が終わった。あの後も学校に残り書類やなんやらの処理が終わって、家に着いたのが22時過ぎだった。今日も疲れた。原因はきっと、あの胸糞悪い母親のせいだろう。すると、携帯が鳴り響いた。着信者を確認すると、三色奈沙と表示されてた。もうこの名前を見たくないが、保護者からの電話でもある。出なきゃいけない。
「はい...、東雲結斗です」
『あぁ、東雲先生。やっとダーリンが帰ったから、菫返して欲しいんだけどぉ。どこにいるの〜、まさか東雲先生の自宅とかだったら、やばいわよね〜』
何がダーリンだ。今にも怒りが爆発しそうで、舌打ちをしそうになった。抑えろ。抑えるんだ東雲結斗。
「...その件ですが、桜庭さんに預かってもらっていますので、桜庭さんに連絡して、僕が桜庭さんのお宅に行き、娘さんを連れて、僕が引き渡しますね」
自分でも覇気がないと感じる声だ。にしても、この母親常識なさすぎだろ。こんな時間に電話かけて来て、夜遅くすみませんの一言もないのかよ。
『えぇ、こんな時間に生徒の家に行くとか常識なさすぎでしょ〜、そんなことも教師のくせにわからないなんてね、あははは』
全部お前のせいだと言い返したくなったが、自分の立場も危うい。こんな時間に桜庭さん宅に行くのも迷惑だとわかっている。けど、少しでも小春や春斗、菫ちゃんの事を俺が守らなければ。

