再び縁結び

3ー涙とお酒


 [三人称視点]
 入学式が終わり、小学生達は帰る時間となった。保護者と一緒に教室を出て行く。笑顔を浮かべている生徒もいれば、緊張でまだ顔が強張っている生徒もいる。今の時点では、どんなクラスになるかはわからない。だが、きっと思い出に残るクラスになると結斗は、信じている。

「あの...東雲先生」

 教卓で書類を確認する彼に話しかけてきたのは、小春だった。春斗は、隣の席だった(かえで)と友達になり、一緒にお手洗いに行ってしまったみたいだ。結斗は、書類から顔を上げる暫くじっと小春を見つめてしまうが。目を逸らす。

「...な、なんでしょうか。桜庭さん」

 彼は迷っていた。教師としての、元恋人との距離感を。意識さえしなければ良い。だが、自然消滅してしまった元恋人がまた姿を表した。一度は愛し合った関係だ。意識しないなんて無理だ、と彼は思った。

「...私、ちゃんと母親としてやれてるのかなって」

 小春が漏らした本音により、結斗の心に棘のようなものが刺さった。結斗は、言葉に詰まる。小春は、自信なさげに俯く。結斗は、もし自分がもしあの時、夢を捨て小春を優先していたらと後悔に襲われる。だが、小春の元彼としてではなく、教師として向き合った。

「...大丈夫です。春斗くんは、きっと良い子に育ちます。桜庭さんが良い人だから」

 彼の言葉を聞くと、いつのまにか彼女の頬に涙が滲む。彼女は、涙に気が付き笑いながら手で拭う。

「...ですよね。春斗は、良い子に育ちますよね。ありがとうございます。東雲先生。春斗の事を1年間、よろしくお願いします」

 彼女は、頭を下げる。結斗もそんな小春を見て、急いで立ち上がり頭を下げる。2人はゆっくり頭を上げる。春斗が戻ってきたようで、ランドセルを背負い2人の元へ来る。春斗の笑顔は輝いていた。

「ねえ、ママ、楓くんめっちゃおもしろい」

 春斗の頭を小春が撫でる。

「あら、もうお友達できたのね。流石春斗」

 春斗は、照れるようにクシャッと笑う。どうして、こんなに良い子なのに小春は、子育てに不安になっていたのか。と、結斗は、頭の中で考える。すると、春斗は、何かを思い出したようで、教卓の上にランドセルを置き、中身を漁る。筆箱の中から、キーホルダーが出てくる。

「しののめせんせい、これ」

 キーホルダーを結斗に渡してきた。茶色の可愛い犬のキャラが描かれているキーホルダーだった。

「あー、そのキーホルダー。こないだ私と春斗で、遊園地行って買ったんです。3つお揃いでついてるものみたいで、1つは私がバッグに、もう1つは春斗が持っていて、もう1つは誰にも渡す人がいなくて、友達できたら渡せばって、春斗に任せてました」

「せんせーに貰ってほしいから」

「...そうですか、ありがとうな」

 彼女は何やら複雑そうな顔を浮かべる。結斗は、満面の笑みを春斗に向ける。そして2人はハイタッチをする。だが心の中では、この子は何かに気付いているのかもと思ってしまう。

***

 そして、オレンジに照らされていた世界はあっという間に暗闇と星に照らされる。この時、結斗の姿は居酒屋にあった。入学式の打ち上げとして、薊、結斗、詩織、飛竜が奥の部屋でジョッキを掲げていた。

「入学式お疲れ様。これからも頑張りましょ、乾杯っ」

 薊の掛け声に合わせて4人は、ジョッキのぶつかり合う音が、居酒屋の喧騒に混ざる。そして、グビグビと飲み始める。

「あー、うまい」

 飛竜は、半分まで飲み机にジョッキを勢いよく置いた。3人も、ある程度まで飲み机に置く。

「たまりませんね、薊主任」

 詩織は、既に酔いが回っているようで隣にいた薊の腕に腕を絡める。

「...もう、酔ってるの。詩織先生ったら...よしよし」

 薊は、呆れた顔をしながらも詩織の頭を撫でる。まるで、姉に甘える妹のようだ。結斗は、微笑ましい光景をずっと見ていたが上の空だ。ジョッキを握ったまま、ぼーっと何かを考えているようだった。

「どうされました、東雲先生」

 薊に声をかけられ、今は飲み会の途中だったと気がつく。飛竜が結斗の首に腕を回す。

「考え事しないで今日はパッ〜といきましょうよ、はっはっはっはっ」

 肩に手を回してない方の腕でジョッキを掲げる。既に飛竜も酔いが回っているようだ。

「声がでかいですって、飛竜先生」

「気にすんな、東雲せんせっ」

 飛竜の豪快な笑いに、小春の事を考えるのは今はやめようと心を切り替える。飛竜は、結斗に回していた腕を解く。

「そうですね、今は目一杯楽しみましょ」

「よっ、流石は東雲先生」

 詩織は、親指を立てる。そして、ジョッキを持ちグビグビと口を入れる。薊が笑いながら詩織に言う。

「ちょっと、飲みすぎよ詩織先生。明日の授業、支障をきたさないでね」

「おお、秋海棠先生、良い飲みっぷりじゃねえかー、もっといけー」

 詩織は、ジョッキを勢いよく机の上に置く。繰り返し暫く息を吸って吐く。良い飲みっぷりに、3人は拍手する。結斗が口を開く。

「最高の飲みっぷりですね」

 やはりその声はどこか元気がない。学校で涙を流す小春の姿が目に焼き付いて離れないのだ。キーホルダーをくれた春斗の笑顔、複雑そうな小春の表情。ポケットに手を入れ、キーホルダーを手に取る。

「(春斗、お前は一体何を)」

「おい可愛いなー、そのキーホルダー。なに、彼女から貰ったのか」

 飛竜の声で現実に戻される。飛竜は、脇で結斗の肩をつつく。

「いや、違う」

「見せて、見せて」

 詩織と薊にもキーホルダーを見せる。2人も目を輝かせ、可愛いと言う言葉とともに、頬を赤くしていた。

「東雲先生がそんな可愛いキーホルダー持ってるなんて知ったら、ギャップ萌えする生徒いるでしょうね、因みに誰からもらったの」

「...桜庭さんです」

「桜庭さんの保護者さんから貰ったんですか」

 詩織は、両手で机を叩いて机から少し身を乗り出した。薊は、落ち着いて座ってとジェスチャーし、詩織は席に座る。

「保護者からではなくて、春斗くんからです。誤解を招くような言い方してすみませんでした」

「でもすげえよなー、流石は生徒から愛される東雲先だぜ。初日から入学したばっかの子からプレゼント貰うなんて羨ましすぎるぜ」

 そう言い結斗の肩をビシビシと叩く飛竜。肩を叩かれ痛い顔を思い浮かべながらもどこか嬉しそうな顔をする。

「1年1組は元気な子ばかりよね。詩織先生の1年2組はどんな感じかしら」

 薊は、話題を振る。3人の視線は詩織に集中する。

「楽しい子ばかりですよ。中には、バレエ習っていて私の前でちょっとだけ踊ってくれてすごく可愛かったです」

「俺も一時期習ってたぞ。先生が鬼すぎて、無料体験の機会だけで辞めちまったが。そのせいで何も踊れねえけどな」

 こんな今は脳筋で熱血な教師がバレエをしてる想像ができない3人。詩織が何やら吹き出す。

「飛竜先生がバレエすると優雅な感じより、カチコチな踊りになりそうですね、あははは」

 詩織につられ、薊も笑い出す。

「確かにそうね。でも見てみたかったわ、今度、1年生の学年集会で皆の前で踊ってみてよ」

「え、薊主任まじっすか、披露していいんすか」

 飛竜は、嬉しそうに驚いていた。薊は、冗談で言ったつもりだった。詩織が口を挟む。

「え、本当にやるの、飛竜先生」

 その言葉に、彼は拳を握り、拳で胸を叩く。そして、自信満々に言う。

「勿論ですっ、俺のバレエを1年生達に見てもらって、3組以外の生徒の心もゲットだぜ」

 熱い宣言に詩織と薊は、思わず拍手をおくる。そんな3人の温かいやりとりを見て、結斗の気持ちはほんの少し軽くなった。詩織により4人の話は次の話題に移る。

「所で、東雲先生と飛竜先生は、気になってる先生とかいるんですか」

 詩織の質問に結斗は、ドキッとなる。何故か、彼の頭には小春の顔が思い浮かんでいた。飛竜が右手を挙げて言う。

「はいはいっ、俺は今年からこの学校に来た5年2組の副担の数川(かずかわ)先生が、可愛いと思いますっ」

 だが、薊の次の言葉により、飛竜は意気消沈する。

「でも、数川先生、担任の幸助(こうすけ)先生と付き合ってるって噂よ。あの2人、結構職員室で親しいらしいし」

「うっ...。担任と副担任じゃ、接する時間多いしな...くそ、幸助先生、去年一緒に3年の担任としてお互いに非リア充でいましょうねと約束したのにっ」

 本当に振られたたかのように机に突っ伏す。結斗は、慰めるように大きな背中を叩く。

「まあ、悪魔でも噂ですから、チャンスはあると思いますよ」

 慰める彼の声は何故か疑問形になる。机に突っ伏したまま、顔を結斗に向けた。

「じゃあ、東雲先生は良いと思った先生とかいないんですかっ、俺のこの心の傷をわかるのはこの世界には誰もいないんだ」

 その言葉と共に詩織と薊の鋭い視線が結斗を刺す。空気が重くなる。ジョッキを持ったまま、飛竜がいる方向と反対方向を見る。わざと3人と目が合わないようにしている。

「そういうのは忙しいので、今は」

 結斗は、言葉を濁す。その声は小さかった。深く追求されたくない為、今は恋愛に興味ないふりをする。誰のことを考えているのかバレてしまったら、全てを失ってしまう気がすると、彼は考えた。

「でも、いるだろぉ、東雲先生って若いんだからぁー、好きな人の1人や2人や10人や100人くらいいても健全ってもんだろぉ」

 そして飛竜は、完全に酔いが回ってしまったのか顔を上げ豪快に笑い出す。飛竜からちょっと距離を取る結斗。飛竜の発言に詩織と薊は、飛竜を気持ち悪いような目で見る。そして、低い声で飛竜にとどめを指す。

「飛竜先生、流石に引きます。ねぇ、薊主任」

「そうよ。飛竜先生、一体何人、女を作れば済むのよ」

「ぐっ...俺はぁ、...ふぅ、1人の女性を愛し続ける熱血教師なんすよっ、誤解しないでほしいっす」

 そう言いながらまた机に突っ伏す。飛竜の豪快な笑いが途切れ、テーブルは嵐が去ったように静寂に包まれる。結斗は、視線を宙に漂わせる。詩織と薊から見たら、明らかに結斗の元気がないことは明確だ。
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