あなた専属になります

もう戻れない

「結婚しよう」

突然の言葉に、私は頭が真っ白になった。

まさか今言われるとは思っていなかった。

「……そんな急には」

声が震えてしまう。

「返事は今じゃなくていい」

河内さんは静かに言った。

「ちゃんと考えてくれ」

頷くことしかできなかった。

* * *

その夜、私たちはホテルに泊まった。

河内さんは私用の客室を取ってくれていた。

「優美」

低い声が静かな室内に響く。

「今度は、逃げるな」

真剣な瞳がまっすぐに射抜いてくる。

「誰にも邪魔はさせない。……それでも嫌なら諦める」

諦める……?

「私がもし断ったら河内さん諦めるんですか……?」

河内さんは目を背けた。

「仕方ないだろ……お前の人生でもあるんだ」

前の河内さんなら断るなんて絶対許さないはず。

「河内さん、変わりましたね」

「お前のせいだ」

そのまま自分の部屋に帰ってしまった。

大きなベッドに腰を下ろして考えた。

私の人生……

これから河内さんの元に戻って、一緒に暮らす。

別の場所で仕事をしながら。

一緒に歩んでいくことは決めたけど、結婚するとなると話は別だ。

結婚は家族も関わってくる。

「社長と平社員の結婚……」

河内さんの家族はどう思うだろう。

少なくともお父さんは嫌がるはず。

もう弊害はないはずなのに、頭の中で弊害を作ってしまう私の悪い癖。

だって、やっぱりどう考えても不釣り合い。

お風呂の中でぼーっとしていた。

お風呂から出ようとしたらチャイムが聞こえた。

バスローブを着てドアの穴を覗くと河内さんが立っている。

私はドアを開けた。

「どうしましたか?」

河内さんはびっくりしていた。

「そんな格好で出てくるな!」

私達は急いで中に戻った。

「他の奴に見られたらどうする!?」

とても動揺している。

「河内さんがいるから大丈夫かなって」

「油断しすぎだろ……」

呆れていた。

「あの、それより、どうされたんですか?」

河内さんの目が泳いでいる。

「明日の予定を伝えるついでにまた来ただけだ……でも」

そっと抱き寄せられた。

「そんな姿を見るとただの男になる」

今更恥ずかしくなって暑くなってきた。

でも

「ただの男の河内さんも素敵ですよ」

見つめ合ってゆっくり重なった唇が、熱を帯びてゆく。

「煽ってくるな」

バスローブは床に落ちた。

素直な河内さんの気持ちに私はいつも揺さぶられる。

「河内さんも私がびっくりする事ばかりしてくるじゃないですか」

優しく触れる感触が心地いい。

「俺がこういう男だと分かってるのにいちいち動揺するな」

「河内さんがやる事はスケールが違うんですよ」

温かい。

「俺にとってはこれが普通だ」

ゆっくりと一つになっていく。

言葉が出なくなる。

「心も素直になれ」

頭で色々考えてても、本能で河内さんを求めている。

「河内さんが……欲しいです。もっと」

重なり合う手と手が強く握られる。

私はこの人に何もかも染められてしまった。

もうきっと戻れない。
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