あなた専属になります

専属秘書

一晩考えた末、私の答えは決まっていた。

翌朝、私は再び副社長室の扉を叩いた。

「はい」

「藤田です」

「入れ」

河内さんは昨日と同じようにデスクで書類に目を通していた。

「返事は?」

私は深呼吸をして、はっきりと言った。

「秘書のお話、お受けします」

河内さんの手が止まり、顔を上げた。わずかに安堵の色が見えた。

「わかった。」

「あの、具体的にはどのような仕事をするんでしょうか……?」

「スケジュール管理、資料作成、来客対応……基本的な秘書業務だ。あとは適宜指示をする」

「河内さん、もしかして今まで秘書いなかったんですか?」

「ああ……今まで基本的に海外にいたから」

一人で全部やってきたのか…。

河内さんは凄い人なのかもしれない。

「とりあえず、今の部署での引き継ぎはどのくらいかかる?」

「一週間もあれば大丈夫だと思います」

「わかった。それまでに準備をしておく」

私のために、河内さんなりに一生懸命考えてくれているのが伝わってきた。

* * *

その日の午後、上司に呼び出された。

「藤田さん、来週から企画開発部に異動になったから」

「え?企画開発部ですか?」

「ああ。新規プロジェクトのサポート業務だって。上からの指示でね」

企画開発部なんて、聞いたこともない部署だった。

「どちらにある部署でしょうか……?」

「15階だよ。まあ、頑張ってくれ」

15階……副社長室がある階だ。

周りの同僚たちも首をかしげていた。

「企画開発部って、初めて聞くね」

「新設部署なのかな?」

田中さんは黙ったままだったけれど、何か察している様子だった。

私は急いで引き継ぎの準備を始めた。

* * *

一週間後、指定された15階の一室に向かった。

ドアには「企画開発部」とプレートがあったけれど、中に入ると……

資料室のような場所だった。

困惑していると、河内さんが現れた。

「おはよう。ここが君の新しい職場だ」

「ここ、企画開発部って……」

「表面的に作った。秘書ってなるとまた面倒になる」

なるほど、要するに副社長秘書だけど、表向きは別部署ということか。

河内さんの計らいに感謝した。

「ありがとうございます」

私は頭を下げた。

河内さんは予定表を私に渡した。

「まずこれが俺の今月の予定。仕事は少しずつ教える」

* * *

こうして、私の新しい生活が始まった。

名目上は「企画開発部」だけど、実質的には河内さんの専属秘書。

「藤田さん、新しい部署はどう?」

「何のプロジェクトなの?」

そんな質問をされるたび、河内さんが用意してくれた曖昧な答えでかわしていた。

河内さんとの距離は近くなったけれど、オフィスでは完全にビジネスライクな関係を保っていた。

「河内副社長、午後の会議の資料です」

「ありがとう。助かる」

でも時々、河内さんが私の様子を気にかけているのがわかった。

「昼食は食べた?」

「疲れてないか?」

そんな些細な気遣いに、胸が温かくなった。

この不器用だけど優しい人と、これからどんな日々を過ごすことになるのだろう……
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