あなた専属になります

油断

秘書業務をこなすようになって、だんだんと仕事に慣れてきた矢先。

前の部署の田中さんとエレベーターでばったり会った。

「藤田さん久しぶり。新しい仕事はどう?」

田中さんは私がラウンジで働いている証拠写真を持っていて、さらにそれを秘密にする代わりに付き合おうと言ってきて、それはそのまま返事をせずに私は異動した。

「新しい仕事はなんとか頑張ってます……」

この人は黙っててくれるのだろうか。

「藤田さんさ、もしかして副社長と関係持ってる?」

「え!?」

田中さんは私の心を見透かしたような目をしていた。

「いえ、全く関係ないです」

「前うちの部署に来た事もあったしね……。今藤田さんがいるのは15階。偶然にしてはねぇ」

どうしよう……。

エレベーターは一階に到着した。

「こっそりラウンジで働いてて、副社長に気に入られて、藤田さんって見かけによらず……だね」

田中さんはそのまま行ってしまった。

私はまた危機に立たされた。

* * *

次の日は田中さんに言われた事が気になって、なかなか仕事に集中できないでいた。

それに気が付いたのか河内さんに声をかけられた。

「どうした?なにかあったのか?」

心配してくれている。

「いえ……ちょっと具合が悪くて」

「じゃあ今日は帰っていい」

「あ、大丈夫です!たぶんすぐ落ち着きます!」

その時、河内さんは真剣な顔で私を見た。

「正直に言え。何があったか」

河内さんにも丸わかりだ。

「実は……」

私は河内さんに話した。

「ラウンジで働いていた事を秘密にする条件に付き合ってほしい?しかも俺との関係まで見抜かれているのか……厄介なやつだ。」

「あの人が証拠写真を持っている限り、私は仕事に集中できませんし、河内さんにも迷惑がかかります」

ここまでしてもらったけど、やっぱりダメだ……!

「藤田、なるべくそいつに近づくな。最悪周りにバレたとしても、副業はしてないと貫け。俺との関係も、仕事以外何もないとはっきり言え」

「はい……」

ここにいるならそうするしかない。

「河内さん、もし今の状況が公になったら、河内さんも危険になるんですよ?私といるメリットなんてありませんよ」

デメリットしかない。

「経営者としてお前を特別扱いするのは間違っている。ただ……お前は嫌がらせを受けていて、弱みを握られて関係を迫られている。それは見過ごせないだろ」

河内さんの優しさが心にしみる。

その後は気持ちを切り替えて仕事に集中した。

そして帰りに、河内さんに車に乗るように言われた。

「誰かに見られたらまずいですよ……」

「じゃあ、時間差で俺の部屋に来い」

「え?河内さんの部屋に?」

「ああ」

河内さんはそのまま行ってしまった。

どうしよう……。

ただ、河内さんの私への計らいを無下にはできなかった。

私は暫くしてから彼の住んでるマンションに向かった。

インターホンを押すと、河内さんがドアを開いた。

「入れ」

そのまま部屋に上がった時、河内さんが私の方に手をのばした。

まさか……前もうしないと言ったのに。

私は身構えてしまった。

でも河内さんの手は私に触れなかった。

「すまない……約束を破りそうになった」

私はほっとしたけど、なぜか少し心が痛んだ。

「俺が守る。何があっても。だから辞めるな」

切実な思いが胸に響いて、河内さんの想いが伝わる。

私のこの人へのこの気持ちはなんなんだろう……。

一緒にいると安心したり、苦しくなったり、心が震えたり。

ただ、私はこの人への想いを無下にはできなかった。

「河内さん、お酒お注ぎしましょうか?前買っていただいたドレスもこのままだと勿体ないですし……」

「ああ……宜しく頼む」

私はまた嬢に戻る。彼の前だけで。

それが今私ができる精一杯だった。

* * *

数日後、また田中さんと会社で会ってしまった。

彼は妖しい笑みを浮かべる。

「副社長とはどう?」

「何もありません」

田中さんはスマホを出した。

「これ、どうしようかな……」

私の映っている写真……

絶体絶命だ──
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