一匹狼の同僚が私とご飯を食べるのは
『オフィスに三階まで吹き抜けの温室を作る、ですか。へえ……花に、緑? いかにも女性が好きそうな案ですが、それならご自宅の家庭菜園でなさったらどうです? はっきり申しあげれば、莫大なコストがかかるだけのお飾りです。企業経営という観点から見れば、あまりに夢見がちと言わざるを得ませんね』

 いかにも女性が。夢見がち。
 いずれも、経営者の理念をただの「女性の趣味嗜好」と捉え見下しているのが、ありありと伝わってきた。
 だから言わずにはいられなかったのだ。

『お言葉ですが、実はこのボタニカル・アトリウムこそが、この企業の新社屋が生みだす、最大の利益の源泉なんですよ』

 オーガニック化粧品という商品を扱うメーカーとして、この温室は生きたショールームであり、企業のイメージ戦略を担う最強の広報ツールになる、と。

『ご存じのように、現代の金融では環境や社会・ガバナンスを重視する企業への投資が主流ですよね――』

 私は新オフィス建設がもたらす広告宣伝効果と、社会的に見た融資の利点を、根拠となる数字を交えて列挙した。
 だけど、私をねめつける行弘の顔は憤怒で赤く染まっていたっけ。
 クライアントからの帰り道、私はすべての鬱憤を吐き出すようにため息をついた。社会人はつらいよ。
 昔はもっと優しいひとだったと思う。
 バイト先で右も左もわからない私にも嫌な顔をせず、仕事を教えてくれた。デートではいつもスマートに私をリードしてくれた。
 あのころは、そんな彼を格好いいと思っていた。
 でも今は行弘と話すたび、自分を否定された気分になる。そこに昔の彼の発言が頭をよぎって追い打ちをかける。
 別に今の私は行弘に否定されたってかまわないけれど、それでもダメージはゼロじゃない。

「吉見さんに会いたいなぁ……でも、たしか今日も現場だっけ」

 吉見さんと一緒にご飯を食べたい。
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