一匹狼の同僚が私とご飯を食べるのは
 私だって、なにも気にせずに食べたい。
 でも、冬眠前の熊が頭にちらつく。それに。

『お前と飯食うと、萎える』

 吉見さんが萎えたら、なんだか申し訳ないとも思う。
 視線が勝手に落ちて、またスプーンをぐるぐるさせる。
 そんなふうにうだうだと考える私を、吉見さんは一刀両断した。

「あはは、でごまかすのやめたら。無理してるのが透けてて痛々しい。少なくとも、俺の前でごまかすのは無駄だから」

 オブラートに包むことも、遠回しにすることもない。
 いっそ感心するほど、心にまっすぐ針が刺さった。
 でも、なんでかな。
 痛みを感じるのに、なんだかくすりと笑ってしまう。それも、誤魔化すための笑いじゃない。
 胸の内に、かすかに風が吹くのがわかる。
 必死で守ってきたものをあっけなく崩されて、防御力が弱っていたのはたしかだ。
 バレちゃったなら、どう取り繕ったってしかたないというのもある。
 だけどそういう、諦念のまじった感情とは別の感情も湧きあがって。
 ――無理しなくていい。必死で守らなくたっていい。
 もしかしてそう、言われてる?

 私はスプーンをコーヒーから引きあげ、吉見さんをあらためて見つめる。
 吉見さんは合理的で、人付き合いが悪くて、食への関心も薄くて。
 だけど、他人の目に左右されず自分の意思を大事にするひとで。
 今だって、彼なりのポリシーに沿って意見しただけだと思う。
 それでも今このとき私にとっては、たしかに優しさと呼べるものだった。
 いいの? と声に出さずに心の内だけで尋ねてみる。
 引かない? 
 もちろん答えはない。
 けれど、吉見さんの目に蔑みや嘲笑めいた色は見えない。
 私は残りのコーヒーを飲み干した。
 ミルクをたっぷり足したコーヒーはまろやかで、喉を優しく滑り落ちていく。

「とりあえず俺のデザート、要る?」
「要る!」
「即答なんだ」

 吉見さんが喉の奥で笑いながら、デザートの皿を私に寄越してくる。
 時間にすればほんのつかのま。
 だけどたしかにそのとき、私は吉見さんの笑みに目を奪われていた。
< 29 / 134 >

この作品をシェア

pagetop