やり直しの恋を、正しく終わらせる方法
第1話
○明かりの消えたギャラリー(夜)
志築「……咲希と結婚したのは、間違いだった」
暗い廊下で、呆然と立ち尽くすヒロインの「咲希」(28)。
その視線の先には、咲希の描いた美しい絵の側にたたずむ、夫である志築(32)の姿がある。
彼は咲希には気づかず、酒の入ったグラスを手に俯いている
その横では、彼のかつての婚約者「愛理」(29)が寄りそっていた。
志築「もっと自由だったら、きっと……」
志築の口調から、彼が自分と別れたがっているのだと思った咲希。
彼の言葉をそれ以上聞いていられず、ギャラリーを飛び出す。
咲希M「愛のない結婚だって……わかっていた……」
咲希M「志築さんが私を選んでくれたのは、同情からだって……わかってたのに……」
交差点にさしかかり、赤へと変わる信号。
咲希はハッと、立ち止まる。
咲希M「自由に……彼を自由に……してあげないと……」
志築の苦しげな顔を思い出し、胸を押さえる咲希。
そのとき、一台のバイクが赤信号を無視して交差点に突っ込んでくる。
バイクは乗用車と衝突し、その破片が咲希へと迫る。
息を呑む咲希。思わず腕をクロスさえ、衝撃に備えるも――世界は闇に包まれる。
○暗闇の世界
闇の中、立ち尽くしている咲希。
その後ろに、美しい女性が立っている。(顔はよく見えない)
女「そう、今度は……あなたなのね……」
咲希「え?」
声に驚いて振り返るも、女の姿は消えている。
代わりに声だけが、暗闇の中に響く。
女「あなたの役目は……彼を……」
遠ざかっていく声。
咲希「待っ――!」
思わず腕を上した瞬間、世界が一変する。
○時が巻き戻り、五年前の春――美術大学の裏庭
志築「待ってくれ!」
延ばした手を掴まれ、ハッと目を開ける咲希。
目の前に広がるのは、かつて彼女が学んだ美術大学の裏庭。
戸惑う咲希の手を、志築が掴んでいる。
志築「驚かせて悪かった、でもどうか、話を聞いてほしい」
焦る志築の顔をみて、唖然とする咲希。
咲希(えっ、これって……志築さんと初めて会ったときの……)
志築「君の絵がどうしても欲しいんだ」
真剣な瞳に、咲希の過去が重なる。
○回想(五年前):美術大学の教室。
教授である森崎(40)が、志築を紹介している。
森崎「藤堂志築くんだ。俺の最初の教え子で、現在は本業の傍らいくつかのギャラリーを運営している」
志築「藤堂です。本日は森崎先生のご厚意で、大学の見学にきました」
見目麗しい容姿に、沸き立つ女子生徒たち。
女子生徒「あの人、財閥の御曹司なんでしょ?」
女子生徒B「そうそう! 彼自身も、イベント会社を経営してるんだって!」
咲希が志築をぼんやり見ていると、友人「真奈美(20)」に小突くかれる。
志築が来るとわかっていて、きれいめな格好をした生徒達が多い中、二人は絵の具で塗れた繋ぎ姿。
咲希に至っては分厚い眼鏡をかけ、髪を乱雑に結い、ほっぺにも絵の具がついている。
そんな咲希に真奈美がそっと耳打ちする。
真奈美「イケメンで、なおかつ財閥の御曹司様ってリアル感ないよねぇ」
咲希「うん、絵の中から出てきたのかと思った」
真奈美「それを言うならテレビだとおもうけど、咲希はテレビ見ないもんね」
咲希「見ないけど、芸能人っぽいのはなんとなくわかる」
咲希M「五年前――志築さんは、ある日突然私の前に現れた」
志築、咲希と目が合う。
彼の美しい瞳に、咲希は引き込まれる。
咲希M「第一印象は、綺麗な目の、綺麗な男の人」
咲希M「だから、彼の瞳は綺麗な物しか映さない。……少なくとも私が、映ることはないと思っていた」
志築の視線が逸れ、彼は森崎と何やら話している。
咲希「絵、描きに行くね」
真奈美「もうちょい、話聞いてったら? あの人、ここの学生の作品をギャラリーに置いてくれるんだってよ」
咲希「だったらなおさら、何か描かないと」
咲希M「あの頃の私は、目立った成果も上げられず、燻っていて……」
○(回想終わり)五年前の春:美術大学の裏庭
回想開け、志築に腕を掴まれたシーンからの続き。
志築と向き合う咲希。
咲希M「でも、志築さんが私と――私の絵を見つけてくれた」
志築「君の絵が、ほしいんだ」
咲希M「彼が私を見つけて、光の下に連れて行ってくれたおかげで、私は画家としても成功できた」
志築M「でも……」
○回想:五年後のギャラリー
志築「……咲希と結婚したのは、間違いだった」
志築「もっと自由だったら、きっと……」
○五年前の春:美術大学の裏庭
再び回想開け――、
咲希は志築の手を振りほどく。
咲希「ごめんなさい。お断りさせてください」
志築「えっ!?」
駆け出す咲希。その背中を志築が唖然とした顔で見つめる。
そのまま、咲希は走り続け、校内を飛び出す。
その前には、交差点。
信号は、赤から青に。
学生の波を縫い、駆け抜けていく咲希。
○五年前の春:繁華街
走っていた咲希、空きテナントの前にたつ。
そこは五年後、志築の発言を聞いてしまったギャラリーのあった場所。
今は空き店舗となっており、がらんとしている。
店舗に近づく咲希。
窓ガラスに映る自分の姿を、そこではっきりと認識する。
咲希「私、若返ってる……」
咲希M「これは夢なのか、現実なのか……わからない」
咲希、鏡に映る自分に手を伸ばす。
咲希M「でも一つわかるのは……」
志築「……君、足……早すぎ……」
気がつけば、追いかけてきた志築が側にいる。
驚いて振り返る咲希に、志築が汗を拭いながら微笑みかける。
咲希M「多分私は、やり直すチャンスを――」
咲希M「彼を幸せにするチャンスを得たんだ」
タイトル【やり直しの恋を、正しく終わらせる方法】
○大学の食堂
※ここからは、巻き戻った時間軸が現代
真奈美「あんた、本気?」
咲希「うん! 私、生まれわかる! 愚図で、のろまで、人に世話を焼かれて生きてきた、駄目な私は卒業する!」
真奈美「いや、そこじゃなくて! そこもいろいろ突っ込みたいんだけど、そこじゃなくて!」
咲希「ん?」
真奈美「藤堂さんの話を断ったってこと! あんたの作品、欲しいって言ってくれたんでしょ!」
咲希「うん。でも、私じゃだめだから」
真奈美「何で!? あんたの作品が日の目を見るチャンスなのに!」
真奈美、大きくため息をつく。
真奈美「藤堂さんが置きたいって言ってた、桜の絵でしょ? あれ、評価されないのは絶対おかしいって思ってたの!」
咲希M「でも、まーちゃんとか、高橋君の作品の方が、あのギャラリーにはいいとおもう」
真奈美「ん? 藤堂さんのギャラリー、行ったことあるの?」
咲希「あ、いやっ、前に……写真で見たの」
咲希(未来で見たなんて、言えないよね……)
咲希「それに、今の私ならもっといい絵も描ける気がして……」
満里奈「スランプ脱したんだ」
咲希「う、うん! だからちゃんと描いて、一人で成功しないと……」
○回想(志築と夫婦になった未来):ギャラリー
ギャラリーに並ぶ、咲希の絵画。
志築がそれを売り込み、咲希はそれをはにかみながら眺めている。
咲希M「志築さんと結婚することになった未来では、私は彼に頼り切りだった……」
志築「美しい絵でしょう。妻は光の表現が繊細で、見ているだけでこちらの気持ちを明るくしてくれる」
志築の説明を聞き、絵の購入を決める客。
咲希M「彼は私の絵の良さを引き出してくれた。そして彼のアドバイスや売り込みで、私の絵は評判になった」
○回想(志築と夫婦になった未来):咲希のアトリエ
絵を描くのに夢中になっている咲希。
その身体を、志築が後ろから優しく抱きしめる。
志築「咲希、食事ができたぞ」
咲希「へっ?」
我に返り、咲希は手を止める。
どこかぼんやりする彼女の頬に、口づける志築。
志築「君は、集中するとすぐ周りが見えなくなるな……」
咲希「時間、そんなにたってた?」
志築「昨日の夜からノンストップで描いてたよ。邪魔したくなかったが、身体を壊したら元も子もない」
志築、咲希の手を引き食卓へ連れて行く。
志築「咲希の好きな和食にしたんだ。絵を描くためにも、まずはしっかり食べないと」
食卓に並べられた和食に、咲希は目を輝かせる。
咲希M「彼は、集中すると周りが見えなくなる私の世話を焼いてくれて……」
咲希「いつも、ごめんね」
志築「いいんだよ。俺が好きでやってるんだ」
笑顔の志築。その顔は、幸せそうに見える。
咲希M「でもきっと、無理……させてたんだよね……」
○現代、大学の食堂
回想終わり、再び食堂のシーン
目の前には、志築のご飯ではなく安い食堂の定食。
咲希「迷惑、かけないようにしないと」
真奈美「むしろ、もっと迷惑かけた方がいいわよ。いつも一人で、いろいろ頑張ってるし」
咲希「うん。だからそれを、忘れないようにしないと」
咲希、ぐっと拳を握る。
真奈美「ねえ、やっぱりあんたなんか変だよ。何か悩みとかあるなら……」
真奈美の言葉の途中で、突然目の前の椅子が引かれる。
驚いて顔を上げる咲希と真奈美の前に、腰を下ろしたのは志築。
志築「ここ、いいかな?」
唖然とする咲希。
真奈美が先に我に返り、どうぞと頷く。
志築「突然ごめん。でも諦めきれなくて……」
まっすぐに見つめられた志築の瞳を、咲希は呆然とした顔で見つめる。