やり直しの恋を、正しく終わらせる方法

第2話

○志築のギャラリー

一話の数日後――
咲希たち森崎ゼミの生徒たちと森崎が、志築のギャラリーに招待されている。

志築「油絵は、入り口のホールを中心に配置したいと思っています。中央にひとつ、左右に3つずつの予定です」

志築の説明を聞く生徒たち。
みなキラキラした目でギャラリーを見回す中、咲希だけが浮かない顔。
そんな咲希の肩に、がしっと腕を回したのは教授である森崎。

森崎「どうした? 一番はしゃぎそうな奴が、今日は静かだな」
咲希「いや、それは……」
森崎「不安がるなよ。あいつが欲しいって言った絵は絶対に評判になる。お前の絵も日の目を見るさ」

咲希(見るのが……困るんだけど……)

咲希、ギャラリーをぐるりとも回す。

咲希M「たしかに私の作品は、この場所で評判になる。そしてそれを、誰よりも喜んでくれたのが志築さんで……」

少し離れたところで生徒たちにギャラリーの説明をしている志築の顔を見つめる咲希。

咲希M「それから彼は、私の作品を自分のギャラリーに毎回置いてくれた。その縁で親しくなったのが……すべての始まり……」

志築が、不意に咲希を見る。
咲希は、慌てて視線逸らす。

咲希M「その過程で、私は彼に一杯迷惑をかけて……。優しくて世話焼きな彼は、情けない私が放っておけなくてずっと側にいてくれた」

咲希「でもそれじゃあ、だめだ」
森崎「ん?」

咲希、思わず考えが口から出ていたと気づき、慌てる。

咲希「何でも、ありません」

誤魔化していると、志築が咲希と森崎の所までやってくる。

志築「森崎さん。せっかくなら既存の作品だけでなく、描き下ろしも何点か欲しいんですが可能ですか?」
森崎「期限は?」
志築「早ければ早いほどありがたいです。遅くとも、イベントの後期までにあれば」
森崎「だったら久々にコンペやるか」
満里奈「それ、誰でも参加できます!?」

会話を聞きつけ、満里奈が身を乗り出してくる。

森崎「もちろんだ。期日までに仕上げてきたヤツ中から、藤堂に選んでもらおう」

森崎の声に「やるぞ!」と意気込む生徒たち。
ここでも浮かない咲希に気づく森崎。

森崎「全員参加、だからな」
咲希「拒否権なしですね」
森崎「最近、お前スランプ気味だろ?」
咲希、苦笑する。
森崎「脱するには、とにかく描いて描いて描くしかない。これがいい機会だと思って、コンペのために作品一枚描き上げてみろ」
満里奈「そうよ、一緒に描こっ! 咲希の家で、合宿とかしながらさ」

満里奈の言葉に、咲希と仲のいい友人田辺哲也(21)と五十嵐美来(20)が手を上げる。

哲也「お、それいいじゃん!」
五十嵐「私も参加したいです!」
満里奈「よし、決まりー!」
咲希「強引だなぁ」

そこに、話を聞いていた志築が近づいてくる。

志築「合宿って、なんだかいいね」
満里奈「よくやるんですよ。咲希のおばあちゃんが残したアトリエで」
志築「アトリエ?」
哲也「咲希のばあちゃん、有名な彫刻家だったんですよ」

驚き、目を見開く志築。
黙っているわけにもいかず、おずおずと口を開く咲希。

咲希「橘雪舟って名前、ご存じですか?」
志築「もちろんだ。国内外で有名な方だろう」
咲希「私のおばあちゃんなんです」
満里奈「咲希の家、芸術一家なんですよね」
志築「なるほど……。確かに橘さんの作品にはお婆様の面影がある」
咲希「本当ですか?」
志築「実家にお婆様の作品が飾ってあるんだが、同じ雰囲気と温かさを君の作品には感じる」

咲希、顔を赤くしながら小さくうなだれる。

咲希(前も同じ言葉で褒めてもらったけど。何度聞いても……嬉しい……)

志築「もしよければ、合宿にすこしお邪魔してもいいだろうか?」
咲希「えっ?」
志築「お婆様と君のアトリエを是非拝見したい」
満里奈「もちろん、いいですよ!」
咲希が言うよりも早く、満里奈が身を乗り出す。
満里奈「この三連休から始めるんで、いつでも来て下さい!」
咲希「ちょっ、まーちゃん!?」
満里奈「あっ、でも少し遅い時間がいいかも。この子、掃除が駄目すぎて家がめちゃくちゃなんで、キレイになってから来て下さい」
哲也「確かに、あそこに……藤堂さんは呼べないな」
五十嵐「まさしく、『混沌』ですもんね……」

友人たちにしみじみ言われ、肩を落とす咲希。

咲希(確かに、掃除苦手なんだよね……。結婚したあとも、掃除は志築さんに結構任せちゃってたし……)

咲希、そこでぐっと顔を上げて。

咲希(でも、今回は……!)
咲希「今度は、ちゃんと……する!」
満里奈&哲也&五十嵐「えっ!?!?!?」
咲希「みんなが来る前に、全部ちゃんとするから!」
満里奈「いやいやいや、無理しなくてもあたしが……」
咲希「私、生まれ変わるって決めたの。だから大丈夫!」

咲希は腕を持ち上げ、拳をぐっと握りしめる。
心配そうな友人達の中、志築がじっと咲希を見つめている。


○現代:咲希の家

咲希「これで、よし」

汚れた部屋の中、咲希は「志築さんと仲良くなった」というリストを作っている。
リストには、志築と咲希が仲良くなったターニングポイントが書かれている。

①ギャラリーで私の絵が有名になるのを回避!
 ┗申し出は断る!コンクールや売り込みで頑張る!一人で成功できるようになる!(※具体的なコンクールがいくつか書かれている)

②志築さんの世話焼き体質を刺激しない! 
┗生活能力をしっかり身につける!
┗ご飯を作ってもらわない!
┗掃除をしてもらわない!

③12月インフルエンザにかからない!
 ┗この日に合鍵を渡してほぼ同棲する。絶対回避!!

リストの中の②を赤線で囲む咲希。

咲希「……って、啖呵切ったけど……」

彼女の周りは、散らかったまま。いまのところ手つかず。
散乱しているのは、主にスケッチや描いたままになっているキャンバス、絵の具や画集など絵に関わる者が多い。そこに洋服やチラシも重なっている。
生ものなどはさすがに捨てているが、食器などはシンクにたまっている。

咲希「……でも、変わるって、決めたんだ」
咲希「それに前世で、片付けの方法は志築さんに教わったし……」


○過去回想:咲希のアトリエ
散らかった部屋の中でヘタレコミ、唸っている咲希。
その横に、寄りそう志築。

志築「咲希は、いろいろな事を同時にやるのが苦手なんだよ。一つ一つ、出来ることをやっていけばいい」

言いながら、志築は大きな箱を用意する。

志築「まずは仕分けをしよう。取っておく物と、捨てる物と、決められない物にわけよう」
咲希「それだと、決められない者が多くなりそう」
志築「それならそれでいいよ。ひとまず、一所にまとめておけば大分キレイになる」
咲希「やってみる」

箱に向き合う咲希を見て、志築がその頭を優しく撫でる。

志築「俺も手伝うし、出来ないことは出来なくていいよ」

咲希の髪に指を差し入れ、志築が優しくくゆらせる。

志築「なんなら、全部俺がやってあげたいくらいなんだ」
咲希「え?」
志築「前々から思ってたんだけど……」
志築「一緒に暮らさない? そうすれば君はもっと自由に絵を描けるし、俺はそれを誰よりも先に見ることができる」

志築の声と笑みは甘く、咲希は頬を赤く染める。


○現実:咲希の家

咲希、過去を思い出して頬を赤くする。
咲希「志築さんの言葉が甘くて……いろいろ勘違いしちゃったけど……」
咲希「あれもきっと、本心じゃなかったはずだ……」

咲希は、床に散乱したスケッチブックを見る

咲希M「私が絵を描く以外のことが苦手だって知って、志築さんはいろいろ世話を焼いてくれた……」
咲希M「そして気がつけば一緒に暮らすようになって……」


○過去回想:咲希の家
仲良く食事を取っている二人。
だが不意に、志築の表情が陰る。

志築「実は、家族に……そろそろ結婚しろってせっつかれてるんだ」
咲希「……結婚?」
志築「見合いの話の話も出ていてね。まったく面倒だよ……」

咲希、彼の言葉に無意識に胸を押さえる。

志築「でも、俺は……」

咲希、勢いよく立ち上がる。

咲希「結婚、しませんか!」
志築「えっ?」
咲希「前に、満里奈から借りた本で読んだんです。お見合いとかを回避するために、契約結婚するお話!」
志築「まさか、君と?」
咲希「私は恋人もいないし、誰とも結婚する気がないし、それにっ……!」
咲希「私ばっかり、煩わしいことから開放されて絵を描いているのはずるいって、ずっと思っていたし。だから、志築さんが煩わしいって思うこと、私が……どうにか出来ないかなって……」

言葉を重ねながら、いきすぎた事だっただろうか不安を大きくする咲希。
その手を、志築が優しく握る。

志築「そんなことを言われたら、甘えてしまうよ」
咲希「甘えてください。あなたが、私を甘やかしてくれるのと同じくらい」

志築、咲希を見上げて嬉しそうに微笑む。


○現代:咲希の家
咲希M「結局、同じくらいは無理で、彼にばかり負担を強いてしまった」

咲希、先ほど作ったリストを改めて見る。

咲希M「それをくり返したくないけど、志築さんは優しくて世話焼きだから、私の駄目なところ見たら、また手を差し伸べようとするはず……」

咲希「だから、甘えるのも、甘やかしてもらうのも……卒業する!」

咲希、意を決して掃除を始める。
とんでもない集中力で頑張るうちに時間は流れる。

そして、あっという間にアトリエに満里奈たちが来る日の朝に。

咲希「ひとまず……混沌はきえた……」

美しく、片付いているアトリエ。
咲希の足下には、まとめられたゴミ袋。
ただし、倉庫や戸棚の一部には物がつまり、若干物がはみ出している。

咲希「いや、正しくは封印しだけだけど……」
咲希「中身は今度時間があるときに、どうにかしよう。志築さんも、一つ一つやればいいって、言ってたし……」

咲希、ゴミ捨てをするため袋を手に家の外に出る。


○朝:家の外

朝の日差しまぶしさに、目を細める咲希。
そこで、僅かな僅かな立ちくらみ。

咲希(マズい、貧血かも……。そういえば、ご飯とかいろいろ忘れてたな……)

なんとかふんばるも、咲希の視線が揺らぐ。

咲希(あ、これ、マズいヤツだ……)

倒れそうになる咲希。
その身体を、逞しい腕が抱き支える。

その正体を見定める前に、咲希は意識を失った。
でもそのぬくもりは、どこか、懐かしい気がした。
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